記録13 君が好き

下へ下へ落ちていく惚れ薬の小瓶。

飛び降りたフィクが手を伸ばす。


指先が小瓶に触れる。


だけど


「っ!?」

だけど・・・


小瓶はフィクの手の中に収まることはなかった。


ガシャンッ!!


小瓶が割れて液体が飛び散る。

割れるのと同時に甘い香りが辺りに漂う。

ポタポタとベリーカラーの液体が垂れる。



栗色の髪を伝って、勇者リザシオンの顔を濡らす。


そう、勇者リザシオンの頭に惚れ薬の小瓶が直撃したのだ。


「嘘でしょ」

フィクが唖然とそう呟いたと同時に勇者リザシオンの隣にいた格闘家がフィクを殴りにかかる。


フィクは格闘家の攻撃を避けると一気に飛び上がり、叫ぶ。


「勇者たちが魔王城内に侵入!!」


「クソッ!見つかったかっ」

格闘家が宙に浮くフィクを忌々しげに見ながらそう呟いた。


「そ、それより!リザシオンッ大丈夫!?この匂いからして惚れ薬?」

放心状態のリザシオンの隣に立つ魔法使いが慌て惚れ薬の効能を消そうとぶつぶつと呪文を唱え出す。



「なんで勇者たちがいるのですかぁ~!?」

羊の獣人少女がなんでなんでと騒ぎ出す。

「ちょっと、魔王城内に設置した勇者たちの発見装置はどうなってるの!?」

クローチェがそう言えば、魔法使いがニヤリと笑う。

「ふふん。さすがに何回も魔王城に来てるから発見装置は私の魔法でぶっ壊したわ!!」



「ど、どうしましょうっ・・・!!ゆ、勇者がと、突然来るなんてっ!あ、ひ、姫様っ!先にお逃げにならないとっ!」

ルナーリアがクローチェを避難させようとしたその時だ。

ぐいっと引っ張られる。

「ルナーリア。チャンス到来よ」

リナリアはそう言ってひょいと軽々しくルナーリアを持ち上げる。

「え?あ、あのお姉さま?」

そしてルナーリアを抱えたリナリアは欄干へ。


下ではフィクを含め、骸骨兵たちにもみくちゃにされながら、魔法使いがリザシオンの惚れ薬の効能を消そうと躍起している。


「そこの魔法使いさん。その惚れ薬、ただの惚れ薬じゃないのよねぇ」

リナリアがそう声をかける。

「え、そうなの?」

「そうなのよ。実はそれ、この私が抱えてる妹の事が確実に好きになる惚れ薬なのよ。まぁ、まだ未完成なんだけどね」

リナリアはそう言って、投げる。

ルナーリアを。


「えぇぇえええっ!?」


ルナーリアは落ちる。

勇者リザシオンの真上に。


「ちょ、えぇっ!?チッもういいや!凍りつけ!吹雪よ吹け!!」

魔法使いが惚れ薬の効能を消す呪文を唱えるのを中断し、落ちてくるルナーリアに向けて氷の魔法を放つ。


「ひぃいっ!?」

ルナーリアは何とか翼をはためかせ、間一髪で氷の魔法からも、勇者と直撃するのを避けた。

避けたのだが・・・


「勇者様~?ほ~らほら、顔を上げちゃいなさいよ。かっわいい~ルナーリアがいるわよ~?」

リナリアがほれほれと勇者リザシオンに顔を上げるように促す。



勇者リザシオンは思考はぼんやりしており、顔は暑く、逆に体は冷たかった。

リザシオンの思考は、ただ、『誰かに会いたい』『誰かに好きを伝えたい』と言う思いでいっぱいだった。


(誰かに会えば、この頭のおもだるさも、体の寒さも何とかなるような気がするけど・・・誰だ?僕は誰に会いたいんだ・・・)


そこで、上から女性の声が聞こえる。

「ほら~勇者さぁん?上よ、上!あ、ルナーリア、逃げちゃ駄目でしょ」


「うえ・・・?」

「あ、リザシオンッ!!顔を上げたら駄目っ!まだ惚れ薬の効能が消えてないっ!」

魔法使いがそう言うも、リザシオンは顔を上げてしまった。


リザシオンが上を向けば、そこには丁度、やや青ざめた顔のルナーリアがいる。


「っぅう・・・!?」

突然、リザシオンの身体中が一気に暑くなる。

熱くて、苦しくて、止めどなく溢れそうな感情。

もう、リザシオンの耳には仲間の声もリナリアの声も聞こえない。


リザシオンの意思とは関係無く体が勝手に動き出す。


「今がチャンスよ!ルナーリア!!勇者を骨抜きにしちゃいなさい!!」

「そ、そんなっ骨抜きだなんてっ!!む、むりですってきゃあ!?」

ルナーリアは回りを走り回る骸骨兵にぶつかり、ふらふらとルナーリアに向けて歩き出していた勇者と衝突する。



「ぅう・・・あれ、そんなに痛くない・・・?って、きゃああぁあ!?勇者!?」

ルナーリアの下敷きにされた勇者。ルナーリアは逃げようとするが、勇者がガシッとルナーリアの腕を掴んでいる為、逃げれない。


勇者の思考はぼんやりとしていた。

ただ、目の前のルナーリアを逃すまいと腕を掴む。

ルナーリアの艶やかで美しい青紫色の髪に触れたい。

ルナーリアのその深い海の底の様な瞳をもっと間近で見たい。

ルナーリアの桜色の柔らかそうな唇に触れたい。


そう思うが、どこかで違和感を感じる。


(違う・・・僕が求めているものは・・・違う。こんな青紫色の髪でも、深い海の底の様な瞳でも、桜色の唇でも・・・無い)


違う。足りない。こんなんじゃない。


リザシオンの心の底の何処かで揺らめき、燃え上がり、胸を焦がす、この思い。


「や、やめっ・・・っ痛い!!」

リザシオンは知らず知らずルナーリアの腕をキツく握りしめていた。

それと同時に、魔法使いが群がる骸骨兵の隙間を潜り抜けてリザシオンの元へ。

また、格闘家も、フィクとの攻防戦を中断し、ルナーリアに狙いを定める。



「さっさと目を覚ましやがれ!!リザシオン!!そいつはサキュバスだぞっ!!」

「サキュバスの丸焼きにしてあげる!!炎よ!焼き尽くせ!燃え上がれ!!」

格闘家と魔法使いがルナーリアを殺しにかかる。


「ルナーリア様っ!!」

「ルナーリアッ!!」

フィクは全速力で飛び、服に忍ばせたナイフを投げるが避けられる。

リナリアは欄干から身を乗り出して叫ぶ。

それしか、できなかった。


格闘家も魔法使いも、殺れると思った。


ゴォオオオ!!

突然、リザシオンとルナーリアを囲う様に赤黒い炎が現れる。


格闘家と魔法使いは赤黒い炎に突っ込む前に何とか踏みとどまったその瞬間だ。


バキッ

「え、嘘!?」

突然、魔法使いが持つ杖が真っ二つに折れたのだ。

シュッ

魔法使いの杖が折れたのと同時に格闘家の片腕に何かがかすめる。

慌て避けたものの、完全には避けきれず、衣服が少し切り裂ける。そして、僅かに血が滲む。


リザシオンが顔を上げた瞬間、思いっきり蹴り飛ばされ、地面を転がされる。


「君、は・・・」

リザシオンが掠れた声でそう呟く。


怯えるルナーリアを守る様に立つ少女、クローチェは不機嫌そうに眉をひそめる。


「何、私の名前、忘れたの?勇者り・・・リス・・・いや、リストラだっけ?」

「ひ、姫様、勇者リザシオンです・・・」

「あぁ、そうそう。勇者リサイタル!!」

「いや、だからリザシオン・・・」

相変わらず、クローチェは勇者リザシオンの名前を覚えていない。


地面に転がされていたリザシオンは何とか体を起こし、クローチェを見据える。


「いや、覚えている・・・忘れるはずが、ない・・・」

リザシオンは一言一句、噛み締める様に言う。


「魔王の娘、クローチェ」

(そして、僕の好きな人)


揺らめく赤黒い炎を背景に漆黒の髪は三つ編みにされ、星の欠片を集めて作った様な銀のティアラが頭上に輝く。

色白な肌に、艶々と丸くぱっちりとした瞳は禁断の果実の様。

そして、形の良い唇は薔薇を添えたかの様だ。

クローチェの細身な身体を包むゴシックロリータなドレスの裾は熱風にひらひらと揺れ、真っ白でふわふわなドロワーズがちらちら見えたり・・・


「ふぅん。いちよう私の名前、覚えてたんだ。まぁ、名前を覚えてるとかそんなのはどっちでもいいんだよね。一番、重要なのは・・・」

クローチェは片手に握りしめていた大斧をクルリと回す。

そうすれば、リザシオンたちを囲う赤黒い炎と同じ炎が斧をふわりと包む。


「私の大事な仲間のルナーリアの腕に痕がつくまで握りしめてたのが、許せないのっ!ついでに、ルナーリアを狙った、勇者の仲間たちもね!!」

タンッとクローチェが地面を蹴り、赤黒い炎を纏わせた斧をリザシオンの頭に目掛けて振り落とそうとする。


リザシオンの頭の片隅では、逃げなくてはいけないと考えつつも、逃げる事をしなかった。

とにかく、リザシオンの身体中を熱く焦がす様な溢れんばかりのこの思いをクローチェに伝える事が優先だと思った。

リザシオンが一歩踏み出す。


クローチェの容赦なく振り落とす斧がリザシオンの頭に直撃するか、リザシオンの告白の方が速いか・・・


「クローチェッ!!俺は君の事がっ!」


だけど、リザシオンが言いきる前にグッと何かに捕まれ後方へと引っ張られる。


「お前はバカかっ!?」

「ここは退散して作戦の練り直しね」

仲間の格闘家がリザシオンの襟首をギッチリ掴み、魔法使いがごそごそと懐から魔方陣の書かれた紙を取り出して地面に叩きつける。


叩きつけられた紙に書かれた魔方陣が光り、リザシオンたちを包み込む。


リザシオンたちが完全に光が包み込まれる寸前、リザシオンの蜂蜜色の瞳とクローチェの林檎色の瞳が合ったような気がした。


(また、中途半端なままで・・・)

リザシオンはそう思いながら、光に身を委ねた。



静けさを取り戻した魔王城。

ガシャンッ!


クローチェは持っていた斧をその辺に投げて、座り込むルナーリアに抱きつく。


「ルナーリアッ!大丈夫!?腕以外に怪我してないっ!?」

「ひ、姫様ぁあ・・・だ、大丈夫です・・・」

ルナーリアはぽろぽろと涙を流す。


「ルナーリア様、姫様、御無事で何よりです・・・」

フィクがクローチェたちの側に降り立ちほっと息を吐き出す。

そこでリナリアが慌ただしく泣いているルナーリアの元へと行く。

「ルナーリアッ・・・!!ごめんね、無理やり勇者の事を魅力してこいとか言って・・・本当にごめんなさい」

「お姉様・・・いえ、大丈夫、です。私、もっと、頑張らないとですね・・・いつまでも、姫様やフィク、お姉様に守ってもらってばかりじゃ駄目、だから・・・」

そう言ったルナーリアの瞳から強い意思を感じた。


「ルナーリア・・・えぇ、頑張りましょう!!このお姉様がいつでも手取り足取り教えるわ!」

「あ、私もお手伝いするよ!もちろん、武術についてはフィクと一緒にいつでも教えるよっ!」

「ルナーリア様、姫様は大層説明が下手なので、姫様に教えを乞うのはやめた方がいいですよ」

「ちょっと、フィク!!」

皆、ふふっと笑い出す。


割れた惚れ薬の硝子の破片が窓から差し込む月の光を反射している。


こうして、魔王城には平和が戻ってきたのであった。

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