エピローグ
黒夢
長テーブルを囲む者は五人。
人数に対して広すぎるその場所で、各々が好きな席に腰掛けている。
「ヴェレッタ、元鬼神サイはどうじゃ?」
魔神ウラリュスの問いかけに、監獄島プリゾナの獄長ヴェレッタは答える。
「保有する魔素量が量が非常に多く、魔力資源としてはこの上ない逸材でしょう。ただ、言語が理解できていないのか、彼の言葉は一度も聞いたことがありません。それに最近では幻覚症状もある様子です」
ヴェレッタは、監獄の高危険度エリアに収容される少年サイを思い浮かべながら話す。
彼は現在、監獄島にある魔法機械で、命尽きる寸前まで魔力を吸われ続けている。
魔力が枯渇した後は強制的に食事、睡眠等の休息を与え、回復次第再び魔力を吸い上げられる。
彼は魔力道具の生産に非常に役立つ資源となっているのだ。
ただ、サイが収容されて数週間経つが、日に日に行動に障害がでる様になってきた。
その様子を魔神ウラリュスに説明すると、彼女は予想通りとでも言うように頷いた。
「なーに? ウラちゃんはあの子が廃人になること、知ってたわけ?」
荘厳な魔王城内には似つかわしくない、シルヴィアの調子外れな声が響く。
「前例があっただけじゃ」
ウラリュスはそういうと、机の上に一振りの刀を置いた。
「初代鬼族長、鬼神セツラが扱った刀、呪刀“黒夢”。薄紅色の刀身は、相応しい主に出会った時に黒く染まる……鬼神サイがこれを握っている時、黒夢は深淵の様な闇色を帯びていた」
ウラリュスは鞘から刀を抜いた。
その刀身は、今は淡い紅に輝いているが、それは本来の姿では無いと言う。
禍々しい黒い刀を持ったサイと実際に対峙したウラリュスの配下二人は、固唾を飲み込みその刀を見つめていた。
「へー。それで? 前例の鬼神セツラは最期どうなったわけ? あたし達人族が知ってるのは、第二次人魔大戦後に死んじゃったーって事だけだよ?」
過去の魔族に関する正しい文献は人族の国にはあまり残っていない。
だからウラリュスは、シルヴィアが知らない過去を話し始めた。
「鬼神セツラは、悍しい力を持った本物の鬼じゃった。実に冷酷で、争いを好み、人族を殺す事に快感を覚えていた。彼の生きた歴史を知れば、彼は“殺し”だけをずっと求めていたのだと、いやでも理解することになろう」
淡々と語るウラリュスの言葉に、シルヴィアは顔を顰めて嫌悪感を露わにした。
「ある時、彼は神格を得た。何がきっかけだったかはわからない。ただ、彼が神格を得るほどの強者だということは、誰が見ても明らかだった、そう記されている」
「待ってよ。ウラちゃんずっと前に、神格を与えるのは創造神アルスティアかもしれないって言ったよね? アルスティア様がそんな凶悪殺人者にどうして神格を与えたの? やっぱ違うんじゃない?」
ウラリュスはため息を吐く。彼女と話していると、話がどんどん広がり、逸れていく。
「アルスティアは人族の味方というわけではない。自らが創り上げた全ての均衡を保つ存在。この前提を忘れてはいまいな? これが正しかったとすれば、こう説明がつく。その時代で鬼神が人族を滅ぼす事で何かしらの均衡が保たれたのだ、とな」
シルヴィアが口を開く前にウラリュスは言った。
「貴様が口を挟むと話が進まん。続けるぞ」
「戦争では多くの人族が死んだ。一つの国が荒地に変わった。勇者も三人死んだ。しかし最後には、鬼神セツラは動かなくなった。生き残った二人の勇者に四肢を切断されたからだ」
「うげー」
シルヴィアは嫌そうな声をあげた。
「勇者達は復讐のためにいたぶったわけではない。心臓を貫いても鬼神が動き続けのじゃ。だから動きを封じようとした、それだけのことじゃ」
「それって……あの子と同じじゃん。なんで死なないのか、解剖して確かめてみたくない?」
「貴重な魔力資源を無駄にするな。どうせ肉体を開いたところで、原因など見当もつかぬわ」
サイの生態について、魔神ウラリュスでも不明な点が多いという。それならば仕方ないかと、シルヴィアも諦めた。
「しかしまぁ、奴も先は長くないじゃろう」
そう言ってから鬼神セツラの話に戻した。
「当時の配下がセツラを担いで撤退した所で、大戦は終わっている。人族はセツラを殺したと判断したのだろうが、鬼族の配下によれば、彼はまだ生きていたと言う」
ウラリュスはサイを引きずり持ち帰った数週間前の事を思い出していた。
「鬼神セツラは、鬼族の里に連れ帰られた。配下達は族長の死を覚悟した。しかし彼の傷は回復した。失った手足はそのままだが、命尽きる事はなかった」
サイもあの時、虫の息だった。直ぐに命尽きると、当初のウラリュスは思っていた。シルヴィアの言う通り、肉体の解剖でもしてみるつもりだった。
しかし、彼は生気を取り戻した。限りなく死に近い状態ではあるが、自らの足で立ち、魔力の生成も行なっている。知能は低下しているが、生きる為の行動は取れている。
この状況は、鬼神セツラを記した過去の文献に一致していた。
「しかし、一つ大きな問題があった。それは、セツラがいつまでも夢を見ていたということ」
「夢?」
シルヴィアの疑問を受け流すように、ウラリュスは監獄長に視線を送った。
「ヴェレッタ。元鬼神サイには幻覚症状があると言ったな。それがまさしく“黒夢”だ。セツラの場合、両手足を失った後も激しく動き続けたという。何かを殺すため這いずり回り、軈て周囲の仲間すら判別できずに襲い掛かったという」
「うわぁ……じゃあさ、悪夢を見て暴れ出すのがこの刀の、呪いの正体ってワケ?」
「正確ではないな。この刀は何も悪夢だけを見せていたわけではない。セツラが五体満足で戦場に立っていた時、刀はセツラが望む力を与えた。セツラが望む殺戮の為に、貢献したと言える。問題だったのは、セツラが瀕死になった後も、刀が殺戮を行わそうとセツラに呼びかけた事。そしてそれこそが、この刀が黒夢と呼ばれる所以」
「それで、セツラは最期どうなったの?」
「何も出来ずに、いや、何も出来なかったから死んだ」
シルヴィアは素っ頓狂な声をあげた。
「は? 心臓貫いても死なない奴がどうして死んだって言うの!?」
「言ったじゃろう。セツラは殺しだけを求めて生きていたと。たった一つの望みの為に合理的に生きてきた鬼に黒夢は力を与えた。しかし、その望みが二度と叶わぬ事を思い知ってしまったら……黒い夢の中で、絶望と虚無感に苛まれ死んで行くのみじゃ」
「……ねぇ、セツラは殺す為に力を得たでしょ? でも殺せなくて夢の中で朽ち果てた。じゃああの少年はどうなの?」
ウラリュスとシルヴィアの視線はヴェレッタに向く。
「私には…彼が何を求めているのかはわかりません。ただ、空虚な眼差しで空を見上げているのを、何度か確認しております」
「地下牢獄から空を見上げるか……奴の寿命も長くはないじゃろうな」
一同の視線がウラリュスに向く。
「この世で最も不自由な監獄で、自由を求めているのじゃからな」
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