覇王は突然に

 

 壊れた世界を、二人は静かに歩いている。

 少女は悲哀を抱いたまま、少年は行先を悩みながら。



「私は、監獄島で生まれた」


 突然話し始めたクラリスに視線を送り、サイは近くにあった瓦礫の山に登る。

 思い返せば、生まれについて教えてくれと、今朝この辺りで言ったばかりだった。

 頂上のコンクリート片の上に、二人は背中合わせで座った。

 三百六十度、何処を見ても壊れている。

 化物が跋扈している。

 偶に近づいて来る魔物を魔法で撃ち殺しながら、サイは話を聞いた。


「監獄島はティスノミアで唯一、人族と魔族が共存している孤島。ただ、その共存は少し異常。何せ監獄を管理している魔族と、監獄に囚われる人族の共存だったから」


 人族にはルールが存在し、それを破った者は監獄島に送られる。

 監獄島はその名の通り巨大な監獄があり、それが島の半分を占めている。

 罪人は犯した罪を償う為に監獄に一定期間入るのだが、なぜ態々魔族の管理する監獄に人族を送るのか。それは魔族が独占している魔法技術にあった。


「数代前の魔神は生物から魔力を搾り取る魔法機械を発明した。搾り取った魔力は様々なマジックアイテムや、マジックポーションに使われるから、これは大いに役立つと思われた」


 しかしこの機械を使用される事を、多くの魔族が拒んだ。与えられる報酬に対し、身体へのダメージが大きいのだ。魔力だけでなく生命力まで奪って寿命を縮めてしまう程に。


「魔力は生命力と密接に関係している。この機械の安全性は当時かなり怪しかった。だけど、当時の魔神は頭がまわった。人族では度々罪人が殺される事を知っていたから、彼らの生命を有効活用しないかと人族に持ちかけた」


 どうせ人ならいくら死んでも構わない。沢山いるし、繁殖力も強いし、何より同族同士で殺し合うくらいだ。

 だからかつての魔神は嫌悪していた人族に協力を呼び掛けたし、人族の国も殆どがそれに同意した。罪人から搾り取られた魔力の三割を提供料として与えられる事になったから、お互いにとって利がある関係となったのだ。


「そうして監獄島が出来た。因みに今では機械も改良されて安全性が増し、監獄内では罪人の罪の重さや魔力量によって、搾り取る魔力は調整してる。だから真っ当な監獄と言える。また、魔力以外にも労働をさせて、更生と同時に人材を有効利用している」


 因みにいつの時代でも魔族には一切のルールがない。強い者が正義である。故に監獄島にいる魔族は管理者のみであった。


「母は鬼族の族長の娘で、鬼族の猛者であり、監獄長だった。監獄の管理者の全てをまとめ上げる力があったし、凶悪な罪人は誰も母にはたてつかなかった」


 クラリスはサイと同じように近づいて来た魔物を魔法で撃ち殺した。一発の風の弾丸で二匹を殺していた。


「父はある国の騎士だった。ある日罪人を船で輸送している時に、海の魔物に襲われたらしい。リヴァイアサン……海神とも呼ばれる程恐ろしい、海で最も強い魔物。船は沈み、乗員は全員死亡し、父ももうダメかという時に、母が島から跳んで来た」


 クラリスの母は人助けなど考えておらず、強者と闘いたかったそうだ。しかしリヴァイアサンは強過ぎた。止むを得ず人族であるクラリスの父と協力し、なんとか撃退する。

 魔法で飛び回りながら戦闘していた二人は魔力を使い果たし、海上にその身を浮かせながら動けず、長い時間話し合っていたそうだ。

 いつの間にか波が二人を監獄島の砂浜に打ち上げた時、二人は生涯を共にする事を誓っていたという。


「これが両親の出会い。父は自国では死んだと判断されたお陰で、誰にも咎められる事なく、監獄島の端っこで母と暮らす事が出来た」


 その島の端っこの一軒家でクラリスは生まれたという。


「父は狩りや家事を教えてくれた。いつも家にいて、人の国のことも教えてくれた。母は私を職場である監獄に連れて行ってくれた。人の血が混ざる私を皆んなは嫌ったけど、母の娘だから誰も何も言えなかった。そして母は人族の罪人と私を力比べさせるのが好きだった」


 クラリスはそうやって力を磨いて行ったそうだ。

 軈て人にも、魔族の殆どにも負けないくらい強くなった時、クラリスは島の外を冒険したいと願った。

 しかし両親はそれを許さなかった。クラリスが全種族に嫌われる事を知っていたからだ。

 しかし幼いクラリスにはそんな事を知る由もなく、皆に隠れて、人族が罪人を運んで来た船にこっそり乗り込んだ。

 罪人を降した後船は島を離れ、自国に戻って行く。

 クラリスは空になった酒樽の中から、目を輝かせて海を見た。

 これから始まる冒険に胸を高鳴らせて。


「でも……それが全ての間違いだった。私が乗り込んだ船は、リヴァイアサンに襲われた。数年前両親が戦ったのと同じ相手に。島では両親が私がいなくなった事に気付き、荒れた不穏な海を見て助けに来てくれた。二人は溺れかける私を直ぐに見つけてくれた」


 幼きクラリスの身体は水の膜に包まれて、巨大な竜巻によって監獄島まで飛ばされた。

 それを行った両親は帰ろうとしなかった。

 数年前の恨みを晴らそうと怒り狂うリヴァイアサンから、逃れる事など出来なかったのだ。


「私は砂浜で待った。海の荒れが収まった時、二人がリヴァイアサンを倒して帰って来ると信じて疑わなかった。だけど、穏やかになった海からは誰も戻ってこなかった。ずっと待っていたのに。何時間も、何日も、何週間も……だけど一向に二人は帰ってこなかった」


 何ヶ月も砂浜で動かなかったクラリスは、餓死寸前だった。


「薄れゆく意識の中で、誰かが私の前に現れた」


 その何者かはこう言ったそうだ。

「世にも珍しい呪刀、余には扱えぬ様だ。ならば扱える者を扱おうと思う。無様を晒すなよ、半端者よ」


 夢の出来事の様に朧気な記憶だが、目覚めた時、その手には刀があった。それは愛しい母が「使いにくい」と言いながら力づくで使っていた刀。

 クラリスは母がいなくなって、刀だけがその手に残った現実を受け止めた。その日からやっと未来に向かって歩き出したのだった。


「思い返せばあの時いたのは、魔神ウラリュスだったのかも……」


 まぁそんな事はいいか、と彼女は呟いてから立ち上がった。


「私はそれから一人になった。母がいなくなった監獄島では私の存在は受け入れられなかったし、魔族の大陸に行っても人の血が混じった私は気持ち悪がられた。鬼族の族長……お爺ちゃんですら私を追い払った。バカ娘の娘なんて、バカに決まってるって。それから人族の国に行ったのだけど、そこでも最初は受け入れられなかったし、一部の国では未だ受け入れてくれない。だから少しずつ冒険者として貢献して、それでこの前話した通りの待遇で生きていられたの」


 クラリスは哀しそうに笑った。


「ティスノミアで私に居場所は無かった。そして、この世界、地球にも居場所は無いんだなって……今日の事でわかった。私は何も知らないクセに人を助けようなんて言って、バカだった。お爺ちゃんの言った通りだった……私は弱い。何も出来ないんだ。何も変えられ無いし、何も救えない……」


 悔しそうに震えるクラリスを、サイはそっと抱きしめた。


「大丈夫。僕がいるよ」


 腕の中で涙を流すクラリスの頭をサイは優しく撫でる。


「僕はいつでも君の味方だ」


 サイは空を見上げた。


「君の幸福が僕の望みで、それを守る為ならなんだってする」


 例えば、空の覇王と呼ばれる偉大なる幻想生物が二人の関係を破壊しにやって来たって、僕は何も恐れず戦うよ。


 サイがそれを口にする前に、覇王の威圧が二人を中心に周囲一帯を轟かせた。


「―――――――――!」


 声にならない爆音が肌を痺れさせ、耳の奥で脳を揺らし、胸を鳴らす鼓動のリズムを狂わせる。


 常人なら平衡感覚すら失い、恐怖に竦み、立ち上がる事すら困難な状況だが、少年は違った。

 痛覚を自分の身体と切り離すのと同じように聴覚を遮断し、この魔物なら僕も知ってるぞ、と空から降りてくる生物を眺めている。


 それは神話で聞くような、猛々しく強大な漆黒の竜だった。


 

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