仲良くしよう

 

 クラリスに魔族の血が流れているという事実。それを聞いたサイは、何ら変わらぬ口調で言う。


「貴女の事をもっと教えてもらえますか? 生まれや育ち、両親の事や貴女の望み。それから、その衣服や刀についても聞きたいな。クラリスさんの装いは、僕らの国の伝統衣装にとても似ているんですよ」


 クラリスは目を見開いてサイを見つめた。

「怒らないの? 魔族の血が流れていて、私はそれを隠していたのに。私が出鱈目を言って貴方達を操ろうとしているかもしれない、そうは思わないの?」


「そうだとしても構いません。僕はこの先どうなっても貴女の味方です。クラリスさんが望む未来はきっと美しいでしょうから」


「……」


 異世界人の少女は少し俯いて、再び歩き出した。


 サイは思う。

 きっと僕の言葉を全部信じてはいないのだろう。無条件の好意を受けた事なんて彼女には無いだろうから。

 今はそれでいい。

 でも近い将来、彼女は他人と信頼関係を築くことが出来る様になる。

 そしたら、その時に、僕は――



「――前方にスタンレパードのグループ……七体いる。爪と牙に麻痺毒があるから触れないで」


 クラリスに言われて前方を確認したサイは、遥か遠くにヒョウの群れを発見した。その姿は動物園で見た大人のヒョウの倍近く大きく、口から飛び出した巨大な二本の牙と、サイの腕程もある三本の爪(四足で計十二本)は凶々しい。


 クラリスは左手で刀の柄に触れると同時に地を蹴った。その刹那、鮮血を飛ばしながら頭を落とすスタンレパードをサイは目撃した。


(殆ど影しか見えなかったな。彼女は鬼となった僕よりも早く敵に気が付いたし、一体どれ程の力を秘めているのだろうか)


 思わず歩みを止めて観戦しているサイを、クラリスは振り返った。


(戦えって事か。そりゃそうか、僕ら地球人が力をつけないと魔神一行に勝てないもんな)

「すみません、見惚れてました!」


 サイは咄嗟に言い訳しながら走り出す。

 クラリスは敵ではなくサイに対して焦った様だったが、直ぐにもう一体のスタンレパードを斬り伏せた。


「影よ、刀を」


 サイは走りながら右手を伸ばす。

 魔法の熟練度が上がり、影の中から黒い靄が出て来て、それが望んだ収納物を渡してくれる様になった。今までの様に影に手を突っ込む必要が無くなったのだ。


 クラリスより遅いとは言え、鬼の子であるサイのスピードはかなり秀でている。特に小柄なサイは小回りが利く。

 凶悪な爪を紙が舞う様に躱し、的確に心臓を貫く。昔解剖した猫と同じ部位に心臓があったお陰だ。

 それとほぼ同時に、手から生み出した火を足に伝わらせて後ろ蹴り。少年を噛み砕こうと開かれていた顎は砕け、器用に譲渡された魔力のお陰でその頭部に火がついた。


「ウォォン!」


 鳴き声をあげて火を振り払おうとするスタンレパードの背後に回り込み、そこにある長い尻尾をサイは掴んだ。

 そして体の大きさに見合わない筋力でスタンレパードを振り回す。

 サイを狙って近付いてきた他の個体は驚いて後退するが、サイの新たな武器――生きたスタンレパードは大き過ぎた。不恰好に伸び過ぎた牙が、爪が、逃げようとする敵に掠る。それだけでその魔物達は筋肉を硬直させ、動きを止める。


(薫の雷魔法に似た効果だな。この麻痺毒は是非とも欲しい)


 残った全てのスタンレパードを麻痺させてから、サイは振り回していた武器をそのまま遠くに投げ捨てる。

 そして右掌を前に突き出し、時間をかけて集中する。

 左手で右の手首をしっかり押さえてから、膨大な魔力を練り、水魔法を放つ。イメージはシンプルに、真っ直ぐ、力強く。

 この魔法を名付けるとしたら、ウォーターレーザーかな、とサイは思う。


(ただの水圧なんだけどね。でも、某社のウォーターカッターは車も切断するし、水魔法を舐めちゃいけないよ)


 サイがイメージした水圧砲は、科学によって既に生み出されていた技術だ。

 だからこそイメージが出来やすく、上手く形になり、威力を伴って発動する。

 水魔法を放ったままの右手を動かす。左に右に。的が動かない分簡単に切断が可能だ。そうして全てのスタンレパードを絶命させた後、漸く魔法を解く。

 魔力消費は決して少なくないが、サイは疲労も見せずに死体達に歩み寄る。


(この刀よりもウォーターカッターの方が綺麗に斬れる。しかしそれよりも綺麗なのがクラリスの刀だな。どれだけ斬れ味が良いんだ)


 サイがスタンレパードの断面を確認していると、背後からクラリスが近付いてきた。彼女は途中からサイに全ての戦闘を任せていた。


「サイ……貴方は本当に地球の人族?」


(ん? 何かおかしな所があったか?)


 サイが振り向くと、驚いているクラリスと目があった。

 彼女は前の避難所でのサイを知らないし、地球人と比べものにならないくらい強い。

 だからサイは自分の力を全て見られても何も不自然は無いと考えていた。客観的に考えて、自分程度の力を、クラリス程の強者が畏れるなどあり得ないからだ。

 それなのに、彼女は今、サイを異質なものだと判断しようとしている。


「もちろん。僕も他の人達と同じようにこの世界で平凡に暮らしていました。……しかし、自分では見当もつきませんが、クラリスさんは僕に何か違和感を感じたのでしょうか?」


 サイは自信ありげに断言した。自分はこの世界では普通だと。

 その上でクラリスの意見を問う。


「いえ……私の勘違いならいいの。ただ、戦い方に容赦がなかったし、闇魔法が使えるのは、悪い事じゃないんだけど、人族はその魔法に嫌悪感を抱いてる。だからそれを習得出来る事も、使いこなしている事も、珍しいといえば珍しい」


 戦い方に容赦が無いとはどういうことか。共感能力が低いサイには、生物を哀れみながら殺す事など想像も出来ない。薫みたいに一体倒す度に吐けばいいのだろうか。吐いてる間に次は自分が殺されるだろう。バカバカしい。

 理解出来ない事の思考は放棄して、会話を続ける。


「なるほど……異世界の常識はよくわかりませんが、僕は生き残る為に習得した技は何でも活用しようと考えて戦ってます。だから闇でも何でも嫌悪したりしませんけど……」

 言いながら気になったことを聞く。

「さっきから人族が色んなものを嫌悪してるって話を聞きますけど、それは一体なんですか? どれくらいの効果があって、どんな人間に有効なんでしょうか」


 クラリスは自身の血も人間に嫌悪されるものだと言っていた。それらの正体と、自分には無効な理由を、サイは知りたがった。


「これについては諸説あるのだけど……進化心理学の観点から見たら、闇魔法や魔族っていう、過去の人族に数多くの害を与えてきたものに対して、現代の人間は嫌悪感を抱く様に発達したの。つまり人間は、危険になり得るものを本能的に見定める事が出来る、そう言われている」


「信憑性の低い話ですね。そもそも魔族にも穏健派がいるのなら、彼らを忌み嫌っては敵を作るだけじゃないですか。その不合理な特性が魔族と人族の共存を阻む壁となっているんじゃないですか?」


 まるで老人みたいだな、とサイは思う。認知能力の低下した彼らは一人一人の人間を個別に評価し、記憶する事ができない。だから一人の人間を見て「近頃の若者は……」などと不特定多数を引っくるめてしまう。全ての若者を知っているわけでもないのに、全ての若者にレッテルを貼り付けて、偏見にまみれた持論を語るのだ。

 その愚かな偏見が異世界、および地球の人族にも起こっていると言う。

 魔族は危険。闇魔法は危険。そんな思い込みをほぼ全ての人間が抱いている。クラリスや穏健派の魔族など、危険ではない魔族もいるというのに。魔法だって使い方次第で危険になり得るのは、全ての属性が同じだろう。それなのに便利な闇魔法を使わないなんて。

 サイはこういった非合理的な感情や思考が愚かにしか思えなかった。そしてだからこそ、自分には嫌悪感という特性が無いのだと察する事が出来た。



「貴方は変わった考え方をするけれど、私の立場からすればサイの言葉はどれも嬉しい」


 クラリスとの話の最中だが、サイは気になっていたスタンレパードの爪を、刀で剥ぎ取り始めた。


 クラリスは真顔のまま数秒間固まって、その後で言った。

「……その爪にはもう、麻痺毒はない」


「え、なんでですか?」


「スタンレパードは生命活動を行う過程で、体内で常に麻痺毒を生成している。絶命した途端に麻痺毒の生成は終了し、毒は揮発して消える」


「それは残念ですね……」


「もし麻痺毒が欲しいなら、それ用の薬草がティスノミアにはあるのだけど……地球には無いと思う。最初に転移して来たのは魔物と私だけだから」


「そういえば」

 サイはさっきまで夢中になっていた魔物の爪を投げ捨てて、クラリスに向き直った。


「クラリスさんはどうやってここに来たのか……聞いてもいいですか?」


 避難所では自分の事を話したくない様だったクラリスに気を遣い、サイは遠慮がちに問う。

 すると彼女もまた、遠慮がちに微笑む。


「サイには全部話したい。きっと、私一人で考えるよりも良い未来へ導いてくれそうだから、協力したい」


「もちろんですとも。僕は自分の全てを貴女に捧げても良いと考えていますから、なんでも仰って下さい」


 サイの大げさな言葉に、クラリスは照れながら最初の要求をした。


「じゃあ、その、敬意を表す様な言葉遣いをやめられる? 親しい人と話す様にしてくれたら嬉しい」


 敬語をやめろという事か、とサイは解釈して頷いた。

「僕もクラリスと親しくなりたかったから、そう言ってもらえて嬉しい。改めてよろしくね」


 お互いに手を取り笑い合う。


 少しは親密になれたかな、とサイは思った。

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