運命の出会い
「た、健くん!? 大丈夫かい?」
座り込んだ健を、サイは慌てた様子で介抱しようとする。
それを見た茂雄と伶奈は目を丸くした。
いや、その前にサイが微笑みながら挨拶をした事にすら驚いていた。
やっぱり彼はもう、まともな人間じゃないか。茂雄はそう思ったし、サイと初対面の伶奈も、第一印象はかなり高いと判断した。
それなのに健はどうしてまた恐怖しているのだろうか。
二人は疑問に思うが、恐らくトラウマだから仕方がないんだろうな、と気をつかう。
「健くん、今日はもう休もう。保健室を使いなよ。美城くんごめんね、健くんは夜勤明けで疲れているんだ」
茂雄の表現がツボだったらしく、伶奈は吹き出した。
「中学生が夜勤明けって!」
「ああ、こちらこそごめんね、疲れている所に押しかけて。じゃあ、僕はクラリスさんが戻って来るまで外の魔物を狩ってるよ。見張りの邪魔はしないから安心して」
「あ、ああ。こっちとしても助かるよ……」
茂雄はサイがどれくらい強いのか気になったが、健に肩を貸して保健室に向かって歩き出した。
「私は大井伶奈。同い年よ。伶奈って呼んでね。貴方は?」
残された伶奈はサイの事を知りたくて名乗った。
「僕は美城サイ。よろしくね」
「うんうん、サイくんね。よろしく。私も夜勤明け……ふふ、夜勤明けだけど、貴方に興味があるから、魔物との戦闘、見ててもいいかしら?」
何が面白いのか一人で笑い出す伶奈に、サイは頷いた。
「構わないけど、疲れてるなら休んだら?」
「いえ、いいのよ。どうせすぐクラリスちゃんたち帰って来るし」
サイは再び頷いてから、外へと歩き出した。
「それにしてもこの避難所は、子供が沢山働いてるね」
学校の東門を超えたサイは、そこにいた二人の見張り当番を見て言った。
「ぷぷ……貴方も子供のくせに労働なんて表現するの?」
伶奈は少し笑った後答えた。
「どうしようもない大人ばっかりだからね。まともな大人なんて、水谷先生をはじめとした数人しかいないわ。それ以外はただの無駄飯食らい、死ねばいいのよ」
サイは目を丸くして伶奈を見た。
「ああ、ごめんなさい。こういう考えよくないわよね。わかっていてもいつも口が滑るのよ」
「そんな事はないよ」
直ぐに否定するサイを見て、今度は伶奈が目を丸くした。
「頑張る人達の足を引っ張るだけの人間なんて、今の世界じゃ存在価値は無い……いや、寧ろマイナスの影響がある。だから伶奈さんは間違った事言ってない」
「驚いたわ」伶奈ははにかんだ。
「健にこういうこと言うと、いつも怒られるのよ。だから貴方も怒るかと思ったけど、どうやら私達気が合うのね」
「そうだね。でも、健くんみたいな価値観は世間一般的であり、もっと言えば、善として見習うべきだ。だから僕らの価値観はここだけの秘密だ」
二人は微笑み合った。
見張りから離れた位置で、サイはこの避難所の話を聞いた。
大人がどうしようもない分、健が先頭に立って子供達が頑張っていること。
でも、勇者とクラリスさんが強すぎてイマイチ危機感がないこと。
因みに戦士の健のレベルは8で、避難所で三番目に強いらしい。
伶奈はサイに親近感を覚えたのか、なんでも話してくれた。
「それで、水谷先生とクラリスさんはどこに行ったの?」
「二人は……ていうか、クラリスちゃんは勇者を守る為に水谷先生について行ってるだけなの。だから水谷先生が何をしているかって事を話すわね」
勇者のくせに守られなくちゃいけないのか。サイは疑問に思ったが、後で問う事にした。
「水谷先生はこの数日間、ずっと恋人を探しているのよ。山場叶子っていう教師らしいんだけど」
サイは内心で驚いていた。二人は交際していたのか。
いや、それはどうでもいいが、二人が会って情報を共有したらまずい。
みずほと共に北中学校を出たサイ。
一人で南小学校にやって来たサイ。
この状況に最適な言い訳が思い付かない。
魔物に殺された事にしても、今のサイの格好は綺麗すぎる。ここに来る前に自宅に寄って、血まみれの服を着替えて来たのだ。
何よりパートナーが死んで自分が無傷なんて、疑いの余地しかない。
では二人を会わせないようにするしかない。
水谷零士の行動を制限するために、もっと情報を得よう。
「さっき、クラリスさんが水谷先生を守るって言ったよね。勇者は強いんでしょ? どうして守る必要があるの?」
「勇者は鍵だからよ」
即答した伶奈に、サイは説明を求める。
「順を追って話すわね。まず、この世界と別世界を混ぜちゃった悪者を魔神様とします。魔神様はゲームが好きだから、遊び感覚で地球人にステータスを与えました。これ見えるのって地球人だけなのよ? まあそれで、勇者が何人か生まれるのよ。その勇者だけが魔神様を倒せる力を持つんだって。でも、直ぐには強くならない。頑張って成長しないと。そして魔神様は成長を待ってくれない。勇者の近くには強い魔物が現れやすいのよ。だからクラリスちゃんは、水谷先生が強くなるまで側で一緒に戦ってるのよ」
サイはなるほど、と頷いている。
「貴方受け入れるの早いわね。私達なんて、クラリスちゃんに説明されてもちんぷんかんぷんだったのに」
「あ、そういえば二人がどうせ直ぐに帰ってくるって言ったよね。どうしてそう思うの? 人探しなら遠くに行ったり時間を掛けたりするものでしょ?」
「質問ばかりね……知的好奇心の塊なのかしら」伶奈はボソッと呟いた後言った。
「魔物の特性は知ってるでしょ? 人が集まる場所には寄って来づらいのよ。でも、逆に言えば人気がなければ直ぐに集まってくる。クラリスちゃんはそれをよく理解してるから、勇者を長時間避難所から離れさせたくないのよ。勇者を殺したくないの。だから二人は毎日出掛けるけど、直ぐに帰って来るのよ。因みに食料調達もその時に済ましてくるのよ」
サイはこれを聞いて安心した。
なんだ、水谷零士の行動は既に制限されていたのか。
それなら彼が山場叶子と再会を果たす可能性は低いな。
「それにしても全然魔物寄って来ないね。クラリスさんが倒し過ぎたとか?」
サイは退屈になって腕を頭の後ろに組む。
「やっぱりここは他と比べて魔物が少ないのかしら?」
「うん、少なくとも僕がいた所よりは」
「なら、クラリスちゃんのせいね」
勇者を守る異世界人か。
勇者の元に危険が訪れるという伶奈の話が本当なら、勇者である山場叶子の元にはこれから強い魔物が押し寄せるのだろう。
そのまま避難所ごと崩壊してくれれば安心出来るのに、とサイは思う。
だが、別に今も不安や心配があるわけではない。サイはそういった感情が希薄な為、色々考えてみても最終的には「なんとかなる」と向こう見ずな結論を出す。
「お? どうやら二人が帰って来たようですぞ? おーい、クラリスたーん!」
離れた所に見えた二人に向かって両手を大きく振る伶奈。それをサイは変なものを見るような目で見た。
突然言葉遣いが変わり、クラリスに対する呼び方に熱烈な愛がこもった様に聞こえたからだ。まるでアイドルのファンだ。
しかし、サイも歩いてくる少女を視界に入れた時、硬直した。
桃色を基調とした和風の着物と、腰に刺した真紅の刀。
背中まで届く鮮やかな紅色の髪を一本に結い、同色の瞳は宝石のように輝いている。
透き通る様な白い肌は同じ人種とは思えない程美しく、何よりもその柔らかい表情は、自分には無いと思っていた心を震わすほどに鮮烈な印象だった。
一目で気付いた。
この出会いは必然。
今までの生は今日この時をずっと待っていたんだ。
サイは生まれて初めて、嘘偽り無い笑顔を見せた。
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