放っておけるわけ、ないよな
「よう、お嬢ちゃん。俺らと一緒に来てもらおうか」
唐突に声をかけられたみずほは戸惑った。
「私? サイくんは?」
三人の男の内、真ん中の一人が言う。
「ん? このちっこいガキがナイト様なのか?」
三人はヘラヘラ笑う。
「おい、ガキ。わかってんだろ? 失せないと痛い目に遭うぜ」
向かって左側の体格の良い男がサイを脅す。
だが、サイは何も答えずその場から動かない。
みずほは一人、わけがわからずあたふたしている。
「はは、ビビって固まってやんの。五秒以内に失せろよ」
脅した男がサイの前にきて拳を鳴らしている。「五、四、三」
笑みを浮かべながらわざとらしくカウントする男を、サイは見上げたまま動かない。
「二、一……」
拳を振りかぶった男は笑ったまま言う。
「ゼロだ」
直後、サイの目前に大きくて固い拳が迫る。
だが、それはサイの左手一つでピタリと止まった。
「なに!?」
驚愕する三人。
サイは男の拳を、その上から握り潰そうと握力を込める。
「ぐっ、うぁあ!」
「やめろ!」
二人の男がサイを止めようと一歩踏み出した。
だが、サイは右掌を突き出し、水の弾丸を二つ作り飛ばす。
殺傷力は無い。
だがそれを顔面に食らった二人はよろけて尻餅をつく。
「お前ら」
ここで初めてサイが口を開いた。
「手ェ出す相手、間違えたな」
声変わりもまだだと言うのにドスの効いた声。凶悪な笑み。
強大な力に打ちのめされた男達は勿論、守られているみずほですら、サイに対して初めて恐怖を抱いた。
「ひっ、く、くそ!」
拳を掴まれている男を置いて、二人の男は逃げようとする。
「待ってくれよ!」
サイの手を解こうとしながら掴まれた男は喚く。
サイは逃げようとする男達の間の地面に、水の弾丸を放った。今度は威力が強く、魔法が当たった地面は抉れた。
「待てって言われてるだろ」
仲間の声は無視したくせに、サイの脅し一つで二人は直ぐに止まった。
サイは左手を投げるように放して、体格の良い男を仲間二人のところへ追いやる。
「お前ら、こいつが欲しいんだろ?」
サイはそう言ってみずほを親指で指す。
彼女は豹変したサイの挙動一つ一つに肩を驚かせている。
「やるよ。ただし、面白い情報と引き換えにな」
目を見開くみずほ、顔を見合わせる男達。
「……い、今の地球は、異世界と混ざったって事、知ってますか?」
先程とは打って変わって、下手にでる男は恐る恐る口を開いた。
「ただの予測だろ?」それなら太一も同じ事を言っていた、とサイは思い出す。
「ち、違います! 実際に聞いたんです、異世界人から!」
「何?」
サイの目が細くなる。
「何処にいた?」
「南小学校です! 地球人と一緒に、避難所を守ってます」
南小学校と言えば、サイが通っていた小学校だ。
南小学校に通っていた者は、同市の中央中学校に進学するのが一般的だが、市の最南に住むサイは、隣市の北中学校(さっきまでいた中学校)に進学した。
つまりこのまま進み、サイのマンションよりも更に北に行った所に南小学校があり、そこに異世界人がいるということだ。
目的地が決まったな、とサイは頷く。
「その異世界人はどんな奴だ? 何故地球人を守る?」
「えっと、真っ赤な髪の毛と真っ赤な目の女の子で……」
「容姿なんてどうでもいい」
「ひっ、すみません。えぇと、凄く強いです。今のところ勇者より強くて、勿論勇者も力の使い方を知ればこれから強くなるらしいんですけど……」
「待て。勇者が出たのか?」
「はい!
「ほう……」勇者の名前を聞いたサイはその顔を更に凶悪に染めていく。
「ひぃ……あの、それで、クラリス……異世界人の事なんですが、彼女の世界の悪い奴等が地球を侵略しようとして、世界を混ぜ合わせちゃったみたいで、巻き込まれた彼女は、自分達の世界の責任だからと言って、魔物達から人々を守ってくれてます」
この男の言葉がどれくらい正しいのか判断がつかなかったが、クラリスという異世界人が人類の味方をしているという点に嘘はないだろう。
「わかった。後は本人から聞くとする。因みにお前ら、その避難所に居たような口ぶりだが、どうしてここにいる?」
「お、俺たちは、それなりにステータスが高いから、避難所の外で自由に生きた方が楽しいと思って、逃げてきました……」
「どうしようもないクズだな。まあ約束は約束だ。お前、こいつらの相手してやれ」
「え……」
突然声をかけられてみずほは固まってしまう。
そもそもこの少年は本当に美城サイなのか。この男達と会った瞬間にまるっきり人格が変わってしまったようだ。
それに、彼が自分の事を「お前」と呼ぶなんて、寂しすぎる。話の流れからして捨てられるようだし。
ああ、そっか。役に立たないから捨てられるんだ。
みずほの困惑が絶望に変わった頃、既にサイは北に向かって歩き出していた。
目の前の男達は暫く困惑し、サイの背中が暗闇に消えてゆくまで見送った後、みずほに向き直った。
「あいつ、本当にこの子を置いて行きやがった……」
「異常なガキだったが、まぁあいつの使い捨てでもいいさ。さっさと始めようぜ」
男達はサイにやられる前の卑しい笑みを再び浮かべて、みずほを家の中に連れ込んだ。
その頃サイは、離れた場所で男達が家に入った所を眺めていた。
(力で他人を支配しようとする奴は、更に強い力で脅してやれば従順な奴隷になる。でも、あんな奴ら要らないからな、このまま立ち去るのが良いだろう。邪魔な少女も引き取ってもらえた事だし)
引き取ってもらえた、か。
サイは望んでいた通りみずほと離れる事ができた。
一人になれたのだ。
それなのにこの胸のざわつきは何だろうか。
サイはみずほがこれからどうなるか考える。
間違いなく酷い目にあうだろう。
そして……。
気が付けばサイの足は家の方へ向かって歩いていた。
(やっぱり……放っておけるわけ、ないよな)
二人の男に腕を掴まれているみずほは、未だショックから立ち直れないでいる。
(サイくんがあんな人だったなんて……それとも私のせい? 私が邪魔だからサイくんは怖い顔をしていたの?)
「おいおい、すっかり静かになっちまって。頼むから抜け殻みたいなつまんねぇ反応しないでくれよな」
男の言葉も上の空で、みずほはボーッとしている。
「チッ、まぁいい」
男はズボンのベルトを外そうと手を掛ける。
みずほは自分はどうなってしまうのだろうか、とぼんやり考えながら、部屋の奥を見つめていた。
その時、暗闇の中で何かが動いた。
(え……サイくん? 助けに来てくれたの……?)
その小柄な人影は間違いなくさっきまで行動を共にしていた少年で。
みずほの胸が希望で満ちて行く。
ただ、次の瞬間、ボヤけた視界を埋め尽くした赤色は、みずほに衝撃を与えた。
「え……」
鮮血。生臭くて、全身が粟立つような嫌悪感。
音を立てて床に落ちたのは、みずほを襲おうとしていた男の頭部。
すぐにその身体も床に倒れ、殺人者の姿がハッキリと目の前に現れる。
目の前で人が殺され、声にならない声をあげる。
どうして殺したの。
助けてくれたのは嬉しいけど、殺すなんて。だがそんな戸惑いよりも更に驚くべき物を、みずほは見た。
「なんで……」
その刀は藤代先輩のもので、千田先輩が奪って行った。そう聞いていたのに、どうしてサイくんが持っているの?
だがみずほの疑問に被せるように男達の悲鳴が響いた。
「がぁぁあぁ!」
男の一人は仲間の死に目を見開いている内に、その胸を刀で貫かれて絶命した。
刀を引き抜き、最後の一人に狙いを定めようとした時、みずほは捕らえられていた。
「くそ! 畜生! やっぱり最初からこいつを渡すつもりなんて無かったんだな、この人殺しめ! それ以上動くなよ! この子がどうなってもいいのか!?」
男はポケットから取り出したナイフをみずほの喉に突き付けて、彼女を盾にするようにしてサイと向き合っている。
「出来るのかい? やってごらんよ。ほら、早く」
乱暴だったサイの口調は、いつも通り物腰の柔らかいものに戻っている。
しかしそれでも、みずほは胸の内に生まれた恐怖を取り除けなかった。
「出来ないんだろう? あのね、僕だって本当は戻って来たくなかったんだよ。君たちがその子を使用後にきちんと殺してくれれば僕は誰も殺さずに済んだ」
なんてことを言ってるの。みずほは眼球が零れ落ちそうな程目を見開いた。私が殺される事を、サイくんは望んでいたの?
「僕はその子を、君たちが持つ情報と交換した。僕には理解し難いんだけど、こういう行いって、大多数の人間は“罪”だと判断するんだよ」
当たり前じゃないか、と男は思うが、自分も罪を犯そうとしていた為、何も言えなかった。
「罪を犯した人間は、大勢から裁きと言う名のリンチを受けるんだ。どいつもこいつも、正義を騙って他人をいたぶる事に悦びを感じているんだ。とんでもないクズだよね」
「それがどうしたって言うんだ……」
「あぁ、話を戻すよ。君達はその子を殺せない。だから間違い無く、精神力の強いその子は隙を見て逃げ出すだろう。その子は逃げたら避難所へ行く。そこで先ず君達のことを罪人だと話すだろう。次に、僕が裏切ったと、同じく罪人だと話す。わかるかい? そしたら僕も君達も、見つかり次第裁かれるんだ。法も秩序もないこの世界で裁かれるって事は、恐らく死に直結する。正義が善人を殺すなんて、面白いジョークだけどね」
男は頬を引きつらせている。お前が善人なんて、それこそジョークだろ。
「だから僕は放っておけなかった。面倒だけど君たちに変わってその子を殺しに来たのさ。死者は語れない。自らの事を隠匿したければ、殺すのが一番。因みに色々知ってしまった君も殺すよ」
みずほは再び絶望に陥る。殺される恐怖より、サイの本性を知った悲しみが大きすぎて、逃げる事も億劫だ。
サイは一歩進み、男は一歩下がる。壁にぶつかり止まった。
「お前ら、仲間じゃねぇのかよ! なんでそんな狂った事を平然と言えるんだよ!」
「仲間? 違うね。僕は他人を信用出来ない。だから元からその子は何処かで捨てようと思っていたんだ。そんな時に君達が情報と交換してくれたからね、儲けだよ」
サイは更に一歩近付いた。
男はもう下がれない。壁に追い詰められて、死の恐怖に顔を歪ませている。
「いいね、その表情。僕は恐怖を感じられない性質だから、どうしてもそういう表情を演じる事が苦手なんだ。参考にさせてもらうよ」
それを聞いたみずほは、やっと口を開いた。小さな声だ。
「じゃあ……今まで、ずっとサイくんは、演技をしていたの……?」
「そうだね。そうしないと色々と疑われるだろう?」
「藤代さんや、千田さんを殺した事とか……?」
「よくわかったね」
サイは微笑んだ。
この微笑みすら偽りなんだ。
みずほはそう考えると、何もかもがどうでも良くなってきて、恐怖も絶望も捨てて泣き叫んでいた。
「好きだったのに! 限界まで魔物と戦ったり、倒れるまで魔法を使ったり、全部、みんなの為にやってる事だと思ってたのに! そういう優しい人だと……思っていたのに……」
ボロボロと涙を流すみずほを、サイは冷たい視線で見下している。
みずほは悟る。ああ、これが本当の彼なんだ。私が見ていたのは彼が被った仮面の一部でしかない。
人からの愛情すら受け付けず、どんな人間であっても構わず殺す事が出来る。これが彼の本性。
どうして今まで気付かなかったんだろう。
サイはゆっくり刀を振り上げた。
「ま、待ってくれ! 誰にも言わないから! そうだ情報! 情報を渡す! だから殺すな!」
「言ってみろ」
「えぇと……」
次の瞬間、みずほの頭の上を刀が通り過ぎた。
背後の男の首が落ちて、みずほを捕らえていた腕が解かれる。
拘束が解けてもその場から動かずに、彼女はサイを見た。
「どうして……どうして自分の為にそこまで出来るの?」
目の前の少年は、他人を絶望させ、殺害し、略奪する。
それが全て自分の為という事実がみずほには受け入れられなかった。
人間にどうしてそんな酷いことが出来るの?
「どうしてって……」
まるで当たり前の事の様に、サイは答えた。
「我が身かわいいのは、誰も同じだろう?」
その時みずほは理解した。
こういう人種とわかり合えるはずがない。
あんなに好きだった彼が、自分達とは全く違う、化物に見えてしまった。
「最低」
その言葉を最後に、関口みずほの首は落とされる。
彼女が言う通り、最低な結末だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます