満月の夜に

 

 翌日、サイは朝食を済ませた後見張りの為に北へ向かった。

 昨日みずほから聞いた叶子の容態だが、はっきり言ってどうでもよかった。サイが今欲しているのは力だ。


「サイくん、来なくていいって言ったのに!」


 だから魔物を倒す機会を無駄にするわけがない。


「ふん、努力は認めてやるが、無理を重ねてくたばっても俺は知らんぞ」


 心配する班員にサイは「問題ありませんよ」と微笑む。



 この日は三人で塀の外を歩きながら魔物を倒した。学校からあまり離れると見張りの意味が無い為距離は限られていたが、やはり人が集まる場所から離れれば離れるだけ魔物との遭遇も増える。きっと魔物達も安全に人間を殺す事を考えて行動しているのだろう。

 三人の連携は悪くなく、薫の魔法が強力なものとなっていた事に、サイは内心舌打ちした。


「やっぱり魔法は手のひらから発現するみたいだね。でも、手を握って、身体を伝って足に雷を纏う事もできる。そうすると力が増して早く動けるし、攻撃力も上がるんだ」

 言いながら薫はホワイトウルフを蹴り上げる。あの白狼に魔法は効かないが、魔法で攻撃力を増した蹴りなら十分なダメージになる様だ。


「ふん、少しはマシな動きになったな」


 偉そうに薫を評価する宗介だが、やはり最初の頃と比べると棘がない。漸くサイ達を認めてきた様だ。

 宗介は元々戦闘能力が高かったが、刀の扱いに更に磨きがかかった様で、無駄なく敵を斬り伏せて行く。

 だが、宗介は魔物の情報をあまり集めていない様だった。

 だから不意に寄ってきたポイズンバットを、同じように刀で迎え撃とうとする。


「ダメだ!」

 その瞬間、サイは全力で宗介に飛び掛かり、両手で刀を抑えながら地面を転がる。


「あいつの体液には毒がある!」

 サイはいち早く起き上がり、左手から水の塊を発射した。

 それはポイズンバットの身体を貫く。コウモリは地面に落ちると同時に、その体液で土を少しとかした。


「だから刀で迎え撃ってはダメです」

(その刀は僕の物になるから)


 サイの本心を知らない宗介は自分が救われたと思い、「助かった」と柄にもなく礼を言った。




 そうしてこの日の見張りも無事に終え、空いた時間でサイは水魔法を使い続ける。

 水はいくらあっても足りないもので、今や全避難民が水浴びをしたり、服を洗ったりと贅沢をしている。

 因みに荒木勝己の火魔法も偶に活躍しており、その時にはお風呂が沸いたり、調理に使われたりと、生活はかなり整ってきた。




「サイくん、起きて。夕食の時間だよ」


 翌日の夕方、サイは体育館で太一に起こされた。

 この日は夜の見張りの為、それまで仮眠を取っていた。


「ああ、ありがとう」


 目をこすりながら起きるサイを見て、太一は心配そうに声を掛ける。


「サイくん、近頃魔法もたくさん使ってるし、疲れが取れてないんじゃないの? 夜の見張りは一番危険だって報告がたくさんあるから、今日は本当に無理しちゃダメだよ」


 サイはいい加減聞き飽きた心配の声に、いつも通り「大丈夫」と答えた後、夕食を受け取って流し込み、すぐに外へ出た。




「満月だねぇ」

「そうだな」


 サイが北の塀を上ると、夜空を見上げる二人の姿があった。


「フルムーン効果を知っていますか?」

 挨拶代わりの質問に、宗介が答える。


「心理学の本で読んだことあるな……満月の夜は犯罪率が高いんだったか?」


「そう。オオカミ男のお話でも満月で凶暴になりますよね」

 サイは塀を降りながら言った。

「僕は信じていませんでしたけど、月明かりにはエネルギィがあると、スピリチュアルの世界では頻繁に言われます」


「つまりそれってさ」薫が苦笑した。

「魔物が出るファンタジィなこの世界において、満月の夜は危険だって言いたいの?」


「その通りです。気を付けていきましょう」


「はは、それはフラグだなぁ」


 この日の見張りも和やかに始まった。




「ところで宗介さん、その刀はどこで手に入れたんですか?」


 フラグを立てたにも関わらずヒマな時間に、サイは初めて会った時と同じ質問をした。

 三人の仲はかなり良好。

 宗介は苦笑しながら答えた。


「そんなに気になるか……これはな、拾ったんだ」

「え」

「世界が変わった朝、いつも通りランニングに行こうとしたんだ。そしたら、玄関の前に落ちていた」

「……」

「あまりに綺麗だからそれを持ってランニングに出たんだがな、化け物が多くいたから、斬った。その時からこの刀は俺の相棒だ」


「宗介さん、鈍すぎでしょ……」薫も苦笑した。「もっと早く、異常に気付こうよ」


 宗介の話を聞いたサイは考える。

 別の世界と混じったという太一の仮定が正しければ、その際に刀も異世界から現れたのではないか。魔物達と同じように。

 つまり宗介が刀を手に入れたのは完全に運だ。

 そしてその宗介と出会った自分も運がいいと、サイは思った。



 三人が口を閉じて静けさが増した夜の中、宗介は気配を感じた。「……何かいるな」


 サイと薫も遅れて気づく。

「ああいう魔物は……研究班にも報告を受けたことがありませんね」

 サイは尾択が作った資料を思い出すが、目の前でサメの姿を知らなかった。


「新種か……厄介そうだ」

「そもそもどうして地面に埋まってるの?」


 サイはよく観察する。月明かりの下に固まるサイ達を、サメは一向に襲ってくる気配がない。ずっと瓦礫の影だったり、塀の影の辺りで背ビレを出してウロウロしている。


「まさか」

 サイは言うと同時に、満月の光が届かない影に進み出た。

 その瞬間、地面からサメの本体が飛び出してくる。

 それはサイの背丈を丸々飲み込めるほどの大きさと、暗闇に溶け込むような漆黒の色をしていた。

 サイは尖った牙を避けてその横腹にパンチを食らわす。サメは月明かりの下に投げ出され、地面に潜ることをしない。


(そうか、地面を泳いでいたんじゃなくて、影の中を泳いでいたんだ)


 答えを知ったサイは、地面の上で跳ねるサメの頭部ににかかと落としを決めた。



「サイくん、君はいつも急だね」

 無事倒した魔物を見ながら薫が言った。


「しかし影を泳ぐサメか。どうして明るい夜に出てきたんだろうか。新月の日に出て来ればコイツにとって有利だったろうに」

 宗介は疑問を浮かべるが、「異世界の魔物が地球の月の満ち欠けを理解出来るとは思えません」とサイに言われて納得していた。


(それにしても、あれはまさに影魔法だよな。どうやったら習得出来るか。真似をすればいいのか)


 その後、サイは塀の影に飛び込んだり、影の下を走り回ったりしていた。

 そんな奇行を見た薫と宗介は「急にどうした」と顔を引きつらせたが、年相応の子供だな、と見守っていた。



「……おい、サイ。遊んでいる場合じゃなくなったぞ」


 宗介の低い声。

 彼に言われなくても、鈍いサイでも強い気配に気が付いていた。


「今度の敵は……満月が良く似合う」

 軽口を叩く薫だが、その表情は緊張で強張っていた。


 廃墟の暗闇から現れた一匹の狼。

 昼間によく見たホワイトウルフと同じくらいの大きさだが、その威圧感は比べ物にならない。

 その狼が月明かりの下に出た瞬間、漆黒の毛に覆われた黄金の瞳が、強い魔力を見せつけるように妖しく光った。


「ワォオオォォォン」


 この雄叫びが戦闘開始のゴングとなる。


「死ね」

 物騒な言葉と共に放たれるサイの水弾は、黒い狼を捉えたかのように見えた。が――


「阻まれた! 黒い靄だよ」


 薫の言う通り、水鉄砲は黒狼が出した影によって阻止された。

 そして影が晴れた場所に敵はもういない。


「宗介! 後ろだ!」

 緊急時になると乱暴な言葉になるサイの怒声。

「くっ!」

 間一髪、鋭い爪を刀で受け流す宗介。


「見事なお手前で!」

 宗介がいなした狼を、雷を纏った薫の脚が蹴り抜く。


「ナイスキック」

 数メートル飛ばされて体勢を立て直す狼から目を逸らさずにサイは言った。


「僕たち結構良い連携じゃない?」

 薫は言ってみるが、サイは無視して走り出す。


「全然良くないな」宗介もサイの後に続いた。



(また影魔法で防御されたのか。薫の蹴りが全く効いていないようだ)

 サイは考えながら立ち回る。

 魔法も物理攻撃も、ウルフの影魔法を破る事が出来ない。

 今も三人で取り囲みながら攻撃を与えているが、全てが影に防がれてしまう。


「これはお手上げかな」

 戦闘中に肩をすくめるサイ。


「馬鹿を言うな!」

 そう言う宗介も、このまま戦いが長引けば不利になる事を理解している。

 何故ならこの漆黒の狼、ダメージを受けなければ疲れた様子も見せない。まるで魔力が無限に続いているかの様だ。

 対してたかが人間である三人は、少しずつ息が上がってきている。今でこそ三人で狼の攻撃をいなしているが、いつ隙ができるかと考えると恐ろしくなる。


「くっそー」

 薫はヤケになり雷弾を連射する。

 だがその一つも当たる事なく、暗闇に吸い込まれて消える。


「無駄撃ちするな。何か策があるはずだ」

「何かって一体なんですか」


 その時、月に雲がかかって、夜の暗闇が訪れた。瞬間、ウルフの黄金色の瞳に影が差して、それと同時に――


「キャウン!」

 薫の雷弾が狼の右目を貫いた。


「攻撃が通った! そうか、月明かりだ!」

 なるほど、サイは頷いた。まさにフルムーン効果。この漆黒の狼は、黄金の瞳に満月の明かりを受けて、そこから魔力を生み出していたのではないか。その膨大な魔力によって魔法を操り、身体能力を強化していた。些か信じがたい理論だが、光を失って弱々しくなった瞳を見ればそれが正しいのではないかと思える。ならば月明かりが無い今この瞬間がチャンス。

 しかし黒狼は自らの不利を悟り、大きく後退。逃げに徹するつもりか。

 そうはさせるかと、サイは宗介に近寄る。


「左目に剣先を向けて! そして冷剣士の能力を!」


 宗介の称号“冷剣士”には、剣の刀身を凍らせる能力がある。それによって切れ味と耐久性を高める事が出来るらしいが、サイは違う活用方法を考えた。


 両手で剣を握る宗介の手を、サイは自らの手で掴む。

 練り上げるのは水の魔力。

 薫が手のひらから足先に雷を纏ったのと同じように、サイの手から刀の先まで水を伸ばしていく。

 刀に触れた水は凍りながら刀身を伸ばしていく。

 長く、長く。

 それはまるで――


氷の槍アイススピア


 サイのネーミングと共に、凄まじいスピードでまっすぐ伸びた氷の刃は、漆黒の狼の左目を貫いた。


「ウォオォオォン!」


 雄叫び。

 雲が晴れて月明かりが届く。

 しかし黒狼の両目は二度と月明かりを拝むことは出来ない。

 魔力を生み出す事が出来ない。


 まるで観念したかの様に、黒狼は大人しくなった。

 そんな魔物に、サイは容赦無く飛び掛かり、拳の一振りで命を奪った。



「……綺麗な瞳だったね」

 悲哀を誘う様な薫の言葉だが、サイに感情の共有は不可能。


「ええ、僕らは手のひらで魔力を練りますが、目から魔力を生み出す魔物もいるんですね。勉強になりました」


 見当違いのサイの言葉に黙り込む二人だったが、サイは彼らの反応など眼中にない程興奮していた。


(ついに、遂にこの時が来た)



【名前】 美城サイ

【称号】 サイコパス

【レベル】 9

【体力】 E

【魔力】 C

【魔法】 無、火、水、闇

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