狂気の実行
「……夜明けだ」
疲れた表情で朝日を歓迎する薫。
あれから何度も魔物を撃退していた三人だが、流石に疲れが溜まって無駄口を叩く余裕は無い。
「お疲れ様、三人とも」
日の出と共にやって来た第十二グループの二人(山場叶子はまだ寝てる様だ)にバトンタッチをして、三人は休息の時間に入る。
ただ一人、サイだけは目的の為に屋上へ向かった。闇魔法を試す為に。
「サイくん、起きて。風邪をひくよ」
日が暮れた後、屋上で眠るサイを発見した関口みずほは、まさかと思い問い掛ける。
「サイくん、また魔法を使い過ぎて倒れたの?」
起き上がったサイは首を振った。
「違うよ、ただ、天気が良くて眠っていただけ」本当は魔法の実験中に倒れたのだが。
「それならいいけど……」
心配するみずほを他所に、サイは計画を練りながら階段を降りていった。
暗くなった体育館に戻ると、太一がいなかった。どうやら見張りの当番時間らしい。
それなら都合が良い。
サイはマットを少し捲って、来た時に隠した包丁を握った。
「闇魔法、ポケット」
周囲に聞こえない様に小さく詠唱する。慣れない魔法は詠唱でイメージを固めないと発動出来ない。
そしてサイのイメージ通り、暗い床の上に黒で塗りつぶした様な空間が現れる。
どういう理屈かサイは知らないが、この先は亜空間となっており、物を収納することができる。出し入れする時だけ闇魔法でこの空間に干渉すればいいのだ。
尚、ここの容量がどれ程かはまだ検証していないが、大いに役立つ魔法であることに違いない。
これで漸く整った。
サイはマットに寝転がり、明日を思う。
この避難所で得られるものはもうない。
だが、今日まで積み上げて来た信頼のお陰で、明日は最大の報酬が手に入る。
そしたらこの居心地悪い場所とはお別れだ。
翌日の昼、いつもと変わらない表情のサイが北の見張り場所にやってきた。
「こんにちは、魔物の数は日に日に増えて行ってます。今日も気を付けていきましょう」
「……お前はいつも最後に来て偉そうな事言うな」
「はは、いいじゃないですか。気合が入りますよ」
二人もいつも通りの時間が始まると思っている。
今日が最後の日になると知らずに。
薫はこの日、積極的に魔物を討伐していた。
「薫さん、ホワイトウルフに雷を撃ってみて下さい」
「え? 魔法は効かないんじゃ……」
「いえ、それは正しくないかもしれません。雷なら通じるかもしれませんし、もしくは、威力が高ければダメージになるかもしれません。試す事が大事ですから」
普段はサイが積極的に魔物を狩っていたが、今日のサイはまるで研究者のように、薫に実験を命じた。
薫も宗介も、サイが研究班だと知っているため、この行動に全く違和感を覚えなかったが、薫は自分の魔力が底をつきそうな事を申し出ようか迷っていた。
そんな時だった。
「あ! あの家の二階、見えますか? 人影です」
サイが指をさしたのは遥か遠く、まだ崩れていない民家の窓だった。
薫は目に無属性の魔力を送り込み、視力を強化する。
すると確かに、窓の奥で
「逃げ遅れている一般人かもしれません! 薫さん、僕と来て下さい! 宗介さんは少しの間一人で見張りをお願いします!」
「わかったよ!」
「了解」
サイは慌てたように走り出す。彼が急ぐのも当然だ、今では外を五分も歩けば魔物と遭遇する。家の中に隠れていても魔物に見つかる可能性は高いだろう。
だからサイは急いで一般人を助けに行こうとしているんだ、と薫は解釈する。
あの黒い影が、サイの闇魔法で作られたものだと知らずに。
サイを先頭にして入った家の中は、散らかってはいたが荒らされた様子ではない。
どうやら魔物に侵入された痕跡は無いようで、薫は少し安堵する。
しかし二人でいくつかの部屋を見て回るが、人間の気配すらしない。
「おかしいね……確かに人影があったのに」
外から見えた窓の部屋まで行くが、そこにも誰もいない。
「何処かに隠れているんでしょうか? そのクローゼットの中とかは?」
サイが指差したクローゼットに薫は近寄る。
「おーい、助けに来たよ」
周囲に呼びかけながら両手でクローゼットの扉を握った、その時だった。
「――っえ?」
強い衝撃だった。
それは驚きでもあったし、背中から胸を貫いた包丁の痛みでもあった。
「……う……ぇ……な、なん……で……?」
理解出来なかった。自分は刺されたのか?
流れ出る血を見つめている内に、力が抜けて膝をつく。
後ろを振り向けば、無表情の少年が立っていた。
「サイくん……? どう……して……」
なぜ?
どうして?
止めどなく溢れる疑問。
だけど彼は何も答えず見下ろしている。
共に闘う仲間だったのに。
正義感強く、優しい少年だったのに。
「僕が、何か……悪い事を……したのかな」
胸が痛い。
年下でありながら立派で、尊敬すらしていた彼に貫かれた胸が。
「ゲホッ、ゴホッ……」
もうダメだ。意識が遠のいていく。
薫は自分の最期を予感する。
何もわからないし、何も知らない。自分が殺される理由を。死ななきゃいけない理由を。
胸から包丁が引き抜かれ、薫は床に横たわる。
そういえばあんな包丁を彼は持っていただろうか。
考える事も億劫になってきて目を閉じる。
きっと悪魔に取り憑かれたんだ、可哀想に。
薫はそう結論を出した。だから誰も悪くない、と。
この少年が元々鬼のような人格で、自分は目的の為に殺されたのだという可能性から目を逸らしたまま、薫は生き絶えた。
宗介は遠くから歩いてくるサイを見つけて、少し近くに来てから呼び掛けた。
「薫はどうした?」
「それが、人がいなかったんです。少し探したんですけど、もしかしたら僕達のことを魔物と勘違いして逃げちゃったのかもしれないって。だから薫さんはもう少し周りを探すから、僕には先に戻って宗介さんを手伝えって言われました」
「そうか、俺は一人でも問題無いのだがな。まあ薫が言うなら任せようか」
彼は頷きながら宗介の元へ歩いてくる。
サイは見張り中、いつも塀に寄りかかっている。つまり宗介や薫よりも後ろに陣取っている。
だからサイが自分の横をすれ違う事に、宗介はなんの疑いも持たなかった。
まさか殺気も放たずに、当然のように喉を貫かれるなんて思いもしなかった。
「がッ……ゴポッ……」
微塵も感じなかった。不自然さを。
当たり前の様に彼は近付いてきて、無駄なく包丁を振り切った。
宗介は震える頭で、戸惑いながら隣を見る。
いつものように澄ました顔のサイがいる。まるで人を殺める事を作業の一つとして認識している、そんな冷静さだ。
サイには戸惑いもなかった。少なくとも宗介はサイを信頼していたし、親しく感じていた。それなのに、これほどあっさりとした殺人が行われるとは。
惨めだ。
浅はかだった。
宗介は悔いた。
美城サイの本質も知らずに信頼してしまった己が憎い。
今だって彼が何をしようとしているのかわからない、そんな自分がどうしようもないくらい愚かだ。
もしかして薫もこいつに殺されたのだろうか。
絶望に吸い込まれる様に宗介は倒れる。喉に刃物が刺さったまま、言葉を紡ぐ事も出来ずに、地に這いつくばる。
視線だけで見上げると、サイは宗介が持っていた刀を拾い、それを鞘から引き抜いて見つめている。
(まさか刀が欲しくて俺を殺すのか?)
宗介は驚愕するが、今となっては確かめようもない。
サイは死にゆく人間に何かを語る事も無いし、彼を問いただす体力も宗介には残っていなかった。
サイは引き抜いた刀で自分の左肩から胸までを、大きく斬った。自分で自分を傷つけたサイだが、痛みを感じている様子は無い。
次に、彼は自分の影に刀を落とした。
影の中に道具をしまっているのか。そんな能力聞いていないぞ、と宗介は思うが、最早どうでも良い。
霞ゆく視界を閉ざした後、自らの身体が持ち上げられた事が感覚でわかったが、だからといって宗介に出来ることはもうないし、サイがやろうとしている事が未だにわからない。
ただ一つ、目を逸らす事の出来ない現実を知ってしまった。
それは美城サイが自らの目的の為なら、他の全てを無下に扱うサイコパスだという事実。
彼の歩む道に運悪く立っていたものは、邪魔ならば蹴落とされ、価値があれば搾取される。
尤も宗介がそれを知ったところで、誰かに伝える術は既に無かった。
【名前】 美城サイ
【称号】 鬼の子
【レベル】 10
【体力】 B
【魔力】 C
【魔法】 無、火、水、闇
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