壊れる世界の歩き方
木下美月
プロローグ
食えるかな
瓦礫が散乱した不安定な地面を軽やかに進むのは
昨日までの平穏は夢の様に不確かだと感じられる。
足元に転がっている生首がクラスメイトのものだと気付くが、気にした様子も無いまま前方を見つめた。
「グルゥ……」
唸りを上げてサイを睨みつける生物は、犬型のモンスターと表現するのが適切だろう。
不自然に強靭に育った肉体は一瞬縮みこみ、バネの様に地を蹴ると、成人男性でも知覚するのが難しい速さでサイに迫った
しかし齢十二歳のサイは慌てる事もなく、数センチ隣を過ぎ去っていったモンスターを冷たい視線で見送る。
化物も狙った感触が得られなかった事から躱された事実を瞬時に判断し、着地と同時にサイに向き直る。
だが、その行動はサイにとって遅かった。
「ギュゥ……」
跳躍したサイの重い拳がモンスターの頭部に触れた瞬間、鈍い音と共に化物は地に崩れる。
まるで当然の結果だという様に澄ました顔で、彼は立ち去るべく右足を動かそうとする。だが数メートル先、半壊した家屋の割れた窓から覗く、薄汚れた顔に気付いた。
そこで閃いたサイは、あたかも最初からそれが目的だったという風を装って、手から出した炎でモンスターの死体を炙り始めた。
毛皮は焦げて無くなり、辺りに肉が焼ける香りが漂う頃、サイは炎を止めて左手に持っていた牛刀で焼けたモンスターの腹部の肉を抉り取る。
そして、サイは食べようとした。その時に意図して、自分を覗いている少年と目を合わせる。
少しの間硬直して見せて、食べようとしていた肉片を牛刀に刺したまま彼は歩き出し、少年の元へ歩み寄って微笑んだ。
「腹が減っているんだろ? 食うか?」
「モンスターの肉って、食べられるの?」
「だからお前に差し出してるんだよ」
少年は少し迷った素ぶりの後、サイを信じて肉を受け取った。彼の好意的な笑顔と親切に感謝して、極限の空腹を満たす為に齧り付いた。
「ぅう……ぐ、うぁ……」
だが少年は突然苦しみ始め、持っていた牛刀を落としてしまう。
サイはそれを回収すると直ぐに数歩分距離を取る。家にあった牛刀で一番大きかった物だ、易々捨てるわけにはいかない。
注意しながらも少年を見守っていると、その肉体の節々は歪に膨張していき、身体を離れ、地に落ち溶けて。
呻き声すら発する事が出来なくなった時には少年ではなく肉塊で。
軈て何も無くなったその場から、サイは立ち去る。
そして痩せた腹をさすりながら言った。
「こりゃ、食えねえな……」
彼が残念がったのは実験の結果だけだった。
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