第8話 株式会社GEARの裏側

石原は不思議な感覚に陥っていた。


目の前に若い男女が2人も座って作業をしている。


石原は会社を創業したのはGEARで3社目だった。それまでの2社はうまくいかなかった。特に2社目の手痛い経験から、しばらくは細々と1人で会社を運営していくつもりだった。だが気づけば早々と2人も社員が増えていた。人が欲しくて追いかけているときには集まらず、募集をしていないときにこそ良い人が集まってくる、そういうものなのかもしれない。


結局、金城も雇い入れることになったのだが、目に見えて桜井のモチベーションが上がっていることは良い効果だと思った。


 ただ、しばらくは1人で活動をしていくつもりだったが故に、オフィスの手狭感は否めなかった。それもこれもしばらくの間だけ、ということはわかりながらもこれまでにない人口密度に戸惑いを感じていた。しばらくの間だけ、というのもGEARではオフィスへの出社は全く義務付けていないからだ。在宅勤務だろうが、近くのカフェで仕事をしようが、セキュリティ対策さえ行っていれば働く場所のことは何も気にしなかった。実際に石原も桜井が来るまでは出社しない日の方が多いくらいだった。


 勤務時間だって1日6時間でよいと考えていた。せいぜい人間の集中力は3時間程度、休憩をして、また3時間程度が最も時間帯効果、生産性が高まる分岐点だと考えていた。8時間あっても、6時間で働くよりわずかな上積みしかないのであれば、その差の2時間が無駄に見えてならなかった。理想的な働き方は、育児しながらでも、介護をしながらでも、大学に通いなおしながらでも、仕事ができる環境だと考えている。


そもそも石原は当たり前と言われることを鵜呑みにするのが嫌いなタイプだった。会社員時代から、なぜ毎日満員電車に揺られて出社しなければならないのか、混み合う時間とわかりながらランチタイムを12時からにしているのか、全く納得していなかった。それらは結局のところ、戦後日本の軍隊型の組織作りの賜物で、本質的ではない一体感、表面的なチームワークを求める前時代的な組織作りと考えていた。


 その考え方がGEARの制度や仕組みのもととなっている。在宅勤務や1日6時間勤務だけでなく、完全フレックス、年収も会社が一方的に決めるのではなく、完全に自己申告型にしていた。究極の自由がテーマの人事制度だ。ただし、自由の裏側には責任が伴うことを理解していることが重要、と考えているので「自由と責任」のバランスが良いフェアな価値観であることを重視し、自分もこれから働いてくれる仲間にも求めた。


 こうした仕組みに共感できる人=GEARの理念を体現できる人という採用戦略で動いているため、桜井や金城のように一緒に働きたいと言ってくれる人はこれまでも一定数いたが、GEARの人事制度や理念を知った後でも入社したいと決断してくれる人はいなかった。それがこの短期間で2人も仲間が増えたことは大きな驚きだった。


 当面、金城は桜井と同じような業務をしてもらうことにした。人財データベースを活用しての求職者のスカウト活動だ。大手の転職エージェントの場合、求人企業担当と、求職者の担当は別々だが、GEARのような零細エージェントではその両方を担当することが多い。石原はそうした通説は関係なく、もしGEARが大きな会社になったとしても、1人が求人も求職者も両面とも担当する形が重要だと考えていた。どうしても片面だけの担当だと情報が伝言ゲームになることと、各担当者が目の前のお客様だけを大事にすることで、情報にズレが生じ、結果的に入社後のギャップを生んでしまうからだ。


 またGEARでは会社側から研修を用意することはない。石原自身、会社員時代に与えられた研修には意味を感じられず、極めて非効率と考えていたからだ。それよりも自分が疑問に思ったことを主体的に学ぶ、お客様からの質問で答えられなかったことを学ぶ、という手法が効果的と考えていた。そのためにかかるコストや時間はいくらでも捻出する制度にしていた。金城は幸いにも自分が疑問に思ったことを聞かずにはいられない性格なので、GEARの理念を体現できる人財と言えた。そして入社早々、案の定ではあるが、桜井を質問攻めにしていた。


「桜井さん、ちょっといいですか?」


「桜井さん、これってこういう意図があってやってるんですか?」


「桜井さん、私はこう思うんですが、桜井さんはどう思いますか?」


 厳しい質問攻めにあい、自分の業務が進まない状況ながらも、桜井は嬉しそうにしていた。桜井が金城に好意を抱いているのは誰が見てもわかる。桜井の良いところはこの素直さというか、人間臭さというか、人としての裏表のなさ、だと石原は感じている。


 逆に桜井の課題としては同業他社での実務経験があることで、間違った常識をもってしまっていることと石原は捉えていたが、それは時間をかけて解消していけるとも思っていた。


 そして一般的な会社ではあまり評価をされないであろう、桜井のトラブルメーカーというか、色々な意味で事件を引き寄せる性質も石原はポジティブに捉えていた。



 ピンポーン、、、オフィスに来客があった。

 桜井の担当の求職者が面談にやってきた。


金城からの質問攻めに後ろ髪をひかれながらも、桜井は自分の担当の求職者の来客対応のため、オフィスの入り口まで向かった。


 今日も桜井のトラブルメーカーとしての引きの強さが発揮される面談となったのは言うまでもない。

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