第5話 転職エージェントの裏側3
「ここまででご不明な点はないですか?」
そう聞いてくれたが、金城にとっては疑問を持てないほど目からウロコの話だった。
「では少しリラックスもかねて、良ければ何か召し上がられてください。」
お茶菓子を指しながらそういうと、金城が気を使わないよう石原自身もお茶菓子に手を伸ばして食べ始めながら話をつづけた。
「いや、実はですね、私自身もこの構図がわからないまま転職エージェントを利用してしまったのが、大失敗の始まりでしてね。その後たまたま人材業界で働いたことで、実態を知っただけなんです。」
「そうだったんですね。」
「ちなみに求職者の方目線では転職エージェントという呼び方をしますが、採用する側の目線では人材紹介会社という呼び方に変わる、というのもその時に知りました。」
金城は“タダより怖いものはない”という言葉がよぎった。同時に一つの疑問も出てきたので聞いてみることにした。
「ちなみになぜ転職する側はお金を支払わないのが当たり前になっているんですか?」
「素晴らしいご質問です。」
金城は他の人に言われたら素直に喜べないような言葉だったが、石原という人間に言われたことがなぜかとても嬉しく感じられた。
「色々と要因は考えらえるのですが、大きく3つあります。1つ目は法律、2つ目は業界の成り立ち、3つ目は文化です。」
「法律、成り立ち、文化、ですか、、、」
「ええ、まず我々のような転職エージェントは“職業紹介法”という法律に縛られて活動しています。その中で求職者の方から金銭を受け取ることを厳しく制限しています。」
【*転職の裏側 豆知識】
職業紹介法上 手数料の徴収の対象となる職種は以下の通りです。
「芸能家」及び「モデル」の職業並びに「経営管理者」、「科学技術者」及び「熟練技能者」の職業について、その求職者より徴収できる。
ただし、「経営管理者」、「科学技術者」及び「熟練技能者」の職業に係る求職者については、紹介により就職したこれらの職業に係る賃金の額が、年収700万円又はこれに相当する額を超える場合に限られるものである。
「ざっくり言うと、一部の限られた職種で、年収700万円以上の方からしか手数料はもらえません。そのため手数料がもらいやすい求人側の企業からもらうビジネスモデルが通例となっています。」
「そんな法律があるんですね。」
「まぁこんな機会でもなければ知る必要はない法律ですけど。そして2つ目はこの業界の成り立ちです。日本の“キャリア業界”(企業と求職者のマッチング業界)の成り立ちは“人材会社”が生み出したものではなく、“広告会社”が生み出したものになります。」
「広告会社ですか、、、」
「ええ、そうです。古くは新聞広告などから始まり、2000年ころからインターネット広告に移行してこの業界は大きくなって行きました。日本では“求人広告”という言葉も一般的に皆さんが耳にされているかと思いますが、それも成り立ちが広告会社だ、と考えれば自然な流れですよね。」
「確かに。当たり前に求人広告を探す、とか言いますね。」
「そうなんです。少し論点がズレますが、“広告”という特性から、実態よりも良く見せたり、悪いところは隠したりすることが常態化していることも、私は大きな問題と捉えています。」
金城はまた一瞬だけだが、石原の顔が険くなるのを感じた。
「最後に3つ目ですが、日本では戦後の高度経済成長期において、仕事は探すものではなく、知り合いから教えられて就くもの、という流れがありました。いわゆるコネ入社ですね。
そして何より、与えてもらった仕事に文句を言うなんて考えられない、という今でいう超体育会系の考え方が当たり前の時代がありました。」
「確かに、私の世代と、両親や、祖父母の世代では仕事に対する価値観に大きな差があると思います。」
「そうですね。戦後の日本は私たちが想像できないほど、今とは環境も前提も大きく違ったのだと思います。だから求められる価値観もある種の正解と言われるものも違ったのだと思います。」
石原は想像できない、と謙虚な言葉を口にしてはいるが、実際に体験をしてきたような言葉の重みを持っていると金城は感じた。
「ようするに法律や文化まで関わるお話なので、なかなかこの現状が変えることは難しいかと思います。ここまででご質問は大丈夫ですか?」
「ええ、よくわかりました。ただ一つだけ聞いてもいいですか?」
「ええ、もちろんです。」
「石原さんのお話を聞いて、頭の中にずっと“タダより怖いものはない”という言葉が浮かんでるんです。日本ではきちんとお金を払ってこうした知識を学べる場所ってないんですか?」
「本当に素晴らしいご質問です。」
また褒められて金城は素直に照れた。自分で言うのもなんだが、普段はクールなキャラと自覚しているので、会社の同僚が見たら驚くに違いない。
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