第20話 胸勘定

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 敵の総数は目算で千に少し足りないくらいか、ハルはこれから迎える戦闘を模擬的に計算した。

 既に先の実戦により敵の能力は見切れている。自身の力量を過小評価しても子供をあしらうほどに難なく対応出来るだろう。それでも一塊には凡そ二百の敵がある。斬り合うだけなら物の数ではないが、全軍を封じるとなると流石に骨折りである。

 群れの全てを一気に凍らせることが出来れば良かったのだが、今は触れることでしか敵を封じることが出来ない。敵を封じる為には一対一の情況を作ることが必須。成否の決め手は素早さ。多勢を相手に手間どれば先手を取り続けることが難しくなる。それに、この策は時間との戦いもある。首尾良く凍らせることが出来たとしても、氷の縛りがどれくらい維持出来るものなのか分からない。

 ならばやむを得ない。元より未熟な腕前をして無血での成果を望むのは傲慢というもの。ハルは己の未熟を知っている。だからこそ先程も流血を覚悟して挑んだのである。 

 ――まずは流れを作ることだ。戦いの流れを。

 猿鬼に前後左右を囲まれ敵意を浴びる。先に来るのは前の猿かそれとも後ろか。

 切っ先で後方を牽制しつつ前方を睨み付け最初の一匹に狙いを絞った。刹那の中にも順序はある。順序を決めれば、後は戦いの流れに身を任せるよりほかはない。順々に数えながら敵を封じ次の群れを迎える。その作業を終わりまで繰り返す。

「初手から後れを取っていたのでは話にもならない」

 言い放ち迷いを捨てる。ハルは猿の群れへと飛び込んだ。

 既に血にまみれた太刀を振るう。一匹を袈裟懸けに斬り、すかさず凍れと念じて封じた。手応えを掴むと、ハルは次々と目標を定めていった。

 出だしは上々と、ハルは軽快に剣を走らせる。幸いだったのは息の根を止める必要がなかったことだろう。無様もかえって都合が良い。世辞にも上手といえない剣を振るったところで一撃必死になるはずもなく、当然ハルの斬撃は撫でる程度に浅く軽い。

 気を吐き雄叫びを上げる。生半な腕前が功を奏し自信を与えていた。瞬時といっていいだろう。ハルは四匹を凍らせる作業を軽々とやってのけた。

 後目に成果を見届けたハルは、足早に次の集団に向かった。猿鬼の群れは動きを止めていた。氷柱に封じられていく仲間達を見て訝しんでいる様子だった。

 駆けながら硬直する戦場を見回す。藤十郎に動く気配は見られない。猿鬼達もハル以外は目に入らぬと言った具合であちらに向かう者は一匹もいなかった。 

 ――やはり、この戦いはどこか、おかしい……。

 ハルは敵と切り結びながら考えた。

 そもそも襲われる理由が分からない。一つの獲物に対し数百で襲撃する必要性が理解出来ない。この行動は、本当に狩りなのだろうか。それに、「待っていた」という藤十郎の言葉も気になる。それは、まるでこうなることを予期していたかのような言葉ではないか。もしかすると、この猿らを呼んだのは、藤十郎なのか――?

 飛び交う標的を見定めて太刀を振る。一匹を斬って凍らせながら次を見る。

 ――もしも、この襲撃が藤十郎の作意であったとして……その理由は何だ?

 ハルを始末することが目的では無いだろう。直に藤十郎が手を下す方が手っ取り早いし、共に戦場に赴く姿勢とも矛盾が生じる。雨の陰陽師へ導くために、場数を踏ませる為かと考えてもどこか腑に落ちない。藤十郎は、いったい何を企てているのか、ハルは必死で太刀を振りながらこの戦いの意味を考えた。

 敵が繰り出す刃を潜り滑らかに二の太刀、三の太刀を繰り出す。

 返り血がハルを染めた。耳に残る呻き声、血の臭いが脳髄を麻痺させていく。

 これが、血に酔うということなのか、ハルは無慈悲な行為を嘆く。

 それでも、今は太刀を振るうほかない。ここは血で血を洗う戦場。共に死地に立ったのならばハルと藤十郎らに隔てはない。仮にハルが刀を収めたとしても戦いは止まらないだろう。不殺で敵を止めるためにはこれしか方法が無い。自分がやらねば敵は藤十郎と小夜によって蹂躙され全滅してしまう。そうなればハルとて区別無く殺戮者の烙印を押される。

 一人で逃げることも出来たが、逃げたとて無罪とはならない。戦いの根本がハルにあるならば、結果もハルのもの。どのみち結果責任からは逃れられない。それに……、

 ハルは今この時にも不殺生を誓っているが、今後、己の生存を血で購う事が絶対に無いとは言い切れない。何処かで血を流さざるを得ない事態が起こることは十分にあり得る。泣き言は捨てろ。

 ともかく、この戦いを終えれば何かが見てくるはずだ。成すべきことを貫徹させる。必ず果たす。相手が諦めるまで斬って封じるを繰り返す。不殺の意志は貫く。必ずや相手を屈服させてみせる。

 自らが考えた方法で困難と対峙する。その上で、この戦いを自分だけのものとすることが何者の思惑にも乗せられず道を切り開くことだとハルは考えた。

 困惑する敵は更に与し易かった。次々と面白いように敵がハルの術中に填まっていく。体力、気力共に不足なし。妖気となっているせいか疲労も感じない。十数匹を封じた後も妖力の枯渇はまるで見えず、手応えを感じながら至極順調に作業は進んだ。

 ――ところが、事態に変化が起きる。

 加えて二十を凍らせた後、群れの中で怒声があがる。一際大きな体躯をもつ猿が一匹、威勢よく前に出た。その猿が鬣を逆立て威嚇の声を張り上げ闘志を剥き出しにして睨み付けてくる

 ハルは格上の敵を見て直ぐさま自分の甘さを悟った。戦慄した。おそらくは、あれがボスだ。

 ボスの周囲に手練れと覚しき猿が集まった。総数は十匹。

 醸し出す雰囲気はいずれも他と一線を画すようでその気勢は群を抜いていた。

「……これは、ちょっと不味いかも」

 強者を、それもまとめて十匹を相手にして立ち回ることなどできるのだろうか。

 気後れしハルはジリジリと後退りする。

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