名探偵は事件現場に足を踏み入れない。

山岡咲美

事件編

 月影真夜子つきかげまよこは何時もの冬の様に出掛ける事がグンと減って居た、元来アクティブな性格で出不精と言う訳ではないのだが、寒い冬の時期に厚手の手袋やマフラーをしてまで街に出掛けるのは苦手としていた。


日向ひなたごめんなさい、わたし今料理してたから、急ぎの用?」


 少し広めのマンションのキッチンで真夜子はバレッタでその長く少し明るい髪を束ね2つ折りの携帯電話ガラケーの通話ボタンを押してダイニングテーブルの上に置き話していた。


「ああ、私こそごめんなさい、あとでかけ直すわ」


「今でもいいわよ、炊飯器に缶詰め放り込むだけだから♪」


「何?またそれやってんの?」


「そうそう♪」


「火傷とか気をつけてね……」


「解ってるよ日向♪」


 真昼亥日向まひるいひなたのスマホの奥では何やら作る料理の音がする。


 月影真夜子は料理する、何時も使うカップに無洗米を入れ炊飯器へ、水をそのカップ1杯とシンクで45度に傾け半分にして更に炊飯器へ、そして何時も棚の右から2つ目に置いているぶつ切りの秋刀魚さんまの缶詰め(しょうゆ味)を入れビン入りの塩をパラパラ。



 ピッ!



 何時もの位置に何時もの食材、何時もの位置に何時もの炊飯器とそのボタン、そして何時も作る何時もの簡単炊き込み御飯、後は何時ものようにでいい。



「で刑事さん、今日はどんな事件なの?」



 月影真夜子は探偵である、正確には警察の犯罪心理アドバイザーで大学の准教授であるが彼女自身が探偵を名乗っているのだ。


「もういいの?」


「ええ、御飯炊ける前に解決したいわ♪」


 真夜子はそう言うとエプロンを外し、コーヒーから砂糖、ミルクまで入ったスティックタイプのインスタントコーヒーをマグカップに入れ電気ポットのお湯を何時もの様注ぐ、コポコポと言う音がマグカップのフチをめざし変わって行く。


「いいわ真夜子、話すわよ」


「ええ日向」



***



 事件のあらましはこうである、1週間ほど前の事だ、あるマンショで火災が起きたその火災で中村直樹なかむらなおき(28)男性は死亡、中村は睡眠薬を服用しており起きるのが遅れ焼死、中村の部屋は施錠されチェーンロックもかけられており中村以外がいた形跡は無し、火災は中村の布団から起きており出火原因はタバコの不始末と考えられていた。



「考えられていたけどおかしな点があるのね日向」


「ええ真夜子その中村直樹って男、その日から禁煙を始めてたらしいの」


「我慢強さが無いにも程があるわね」


 真夜子は不謹慎な笑いを堪える。


「ええ、だから調べた、まずはお金、お金に関してはクリーンだったわ、借金も無ければ金遣いが荒いわけでもない、マンションは賃貸だったし給料に見合うものでおかしな点も無し」


「じゃ女性関係は?」


「当然女も調べた、近くのマンションに付き合ってる女、名前は小島麗子こじまれいこ(29)ってのが居たけど大したトラブルは無かった、最近少し大きめのマンションに2人で引っ越すって話を不動産屋でしてたんだけど購入か賃貸かで揉めてたみたい、中村の方が「賃貸でいい」って話をしてたみたいよ」


「それだけ?」


「ええ、でも一応気になったから小島麗子に変な動きがなかったかを調べたわ」


「で?」


「まあ、変と言えば言えるかもしれないけど画用紙とガムテープを少し多めに買ってたみたい」


「麗子さんは絵でも書くの?」


「いいえ、画用紙は真っ白いまま折られて、くしゃくしゃのガムテープと捨てられてたみたい、同じマンションの住人がお子さんいないのに珍しいって覚えてたの」


「麗子さんのマンションから被害者のベッドルーム見えるでしょう」


「ええ……?見えるけど」


「カーテンは空いてた?それとも無かったとか?」


「……カーテンは開いてたわ、被害者は睡眠障害があって睡眠薬を飲んで寝て毎日朝日を浴びる事で体内時間を整える治療をしていたみたい」


「じゃあ睡眠薬を盛る必要は無くなったわね」


 日向は「睡眠薬を盛る?」と真夜子の言葉に意識が止まる。


「ねえ、不信な物は画用紙とガムテープだけ?もっとを確定する様な証拠が大量に見つかる筈よ」


「殺人なの!?」


「もちろん、必ず有るから有ると思って徹底的に探しみて」


「何を探すの?」


「火災を起こす為に必用な簡単な足し算に欠けている[Xエックス]をよ」



 ピピピッピピピッピピピッ!



 月影真夜子は炊き込み御飯が炊き上がるとコーヒーを飲み干し軽くすすいでインスタントのワカメスープを先程までコーヒーの入っていたマグカップに入れまた電気ポットからお湯を注いだ、スープの香りが真夜子の食欲をそそる。



「缶詰めの秋刀魚って良いよね、骨まで食べれるからいちいち骨をよけなくて良いもの」



 月影真夜子はそう言うとお茶碗によそった秋刀魚の炊き込み御飯を美味しそうに頬張ばりその味を堪能した。

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