第249話 ガラフェゴルン

 目覚めたその時から一歩も動かず、だが確実に、瞼を大きく開いて周囲を確認しているガラフェゴルン。




 敵対する者が近づいてきても、なお海中に潜らないのは余裕の表れか、はたまた『怠惰亀』の名のごとく、ただ動くのが億劫なだけなのか。




 それでもガラフェゴルンの起床と同時に発せられた威圧感のせいで、直径百キロ圏内にいた生物たちは、こぞってその範囲外へと急速に逃げ出したのである。当然それは強者のオーラによってなされた現実で、食物連鎖の頂点の一角である巨大亀の本領ということだろう。




 それ故か、ガラフェゴルンは先程近づいてきた坊地日呂たちに対しても、それほど警戒はしていない。何故なら今まで敵対行動を取ってきた者すべてを撃退してきた自負があるからだ。




 しかも相手はSランクにも満たない者たち。自身が後れを取ることなど微塵も感じていない。




 ただ意外だったのは、敵対してきた者の中に人間が混じっていたこと。いや、ガラフェゴルンの世界でいうならば『ヒュロン』である。




 彼等とは過去、幾度となく戦った経験があるが、徐々に挑む者さえ少なくなっていき、今や誰一人として歯向かうものはいなくなった。




 『ザッファーの悲劇』――氷河地帯である【ザッファー】を領域としていたガラフェゴルンに対し、『ヒュロン』たちが集団で攻め入ってきたことがあった。




 その数――500万。




 物量を活かして、Sランクモンスターであるガラフェゴルンを討伐しようと試みたのである。


 しかし結果は、『ヒュロン』の惨敗。その時に出した死者は400万を優に超えた。しかもたった十時間という間で、だ。




 『ヒュロン』も腕利きの冒険者を集め、様々なアーティファクトも取り揃えて挑んだが、その悉くを踏み越えられてしまったのである。




 それから『ヒュロン』は、ガラフェゴルンは到底『ヒュロン』の手に負える存在ではないとして、手を出すのは一切止めた。




 幸いガラフェゴルンは、自分の領域から出た者に関しては干渉しない。さらに領域内どころか、その場からほとんど動かないということもあって、『ヒュロン』も手を出さなければ安全として放置していたのだ。




 だからこそガラフェゴルンには理解できなかった。そういった過去の教訓を経てもなお、まだ立ち向かってくる『ヒュロン』がいたことに。しかも数体のモンスターを引き連れただけの、たった一人の人間なのだ。そのあまりの無謀さに、逆に当初は警戒をしてしまった。




 しかしながら対峙してガラフェゴルは理解する。やはり取るに足らない存在だったと。


 こちらの攻撃には逃げるしか能がなく、何の可能性も感じさせない弱者っぷり。一体何をしにここまで来たのか理解不能だった。




 これでは少し前に自分に挑んできたモンスターの方がずいぶんとマシだ。


 見た目は大きな鳥だった。




 ギャーギャーと喚きながら領域内を飛び回っていたため、少し威嚇してやった。さっさとここから去れという意味を言外に込めたのだ。




 だが奴は何を思ったのか、ガラフェゴルンに攻撃を繰り出してきたのである。こうなればガラフェゴルンも黙ってはいられない。




 ただ思った以上にその鳥は強かった。Sランクモンスターに近い実力はあっただろう。


 それでもガラフェゴルンに及ぶべくもなく、鳥を撃退し、ちょうど良いと思い、ガラフェゴルンは背負っている氷山に閉じ込めることにした。




 これはただの氷山ではなく、《氷甲籠ひょうこうろう》といって、この中に閉じ込めた獲物から、ジワジワとエネルギーを吸収し、それを栄養分にしたり、攻撃エネルギーとして変換することもできる。




 この牢獄にも似た山の中には、それこそ数え切れないほどの生物が閉じ込められているのだ。




 殺してそのまま捕食するより、こうして閉じ込めておいた方が効率が良い。簡単に言えば長持ちするし、食事で栄養を取るよりも何倍も都合が良いのである。




 ガラフェゴルンが一切動かずに過ごしていけている理由がこれだ。こうして蓄えている者たちから少しずつエネルギーを頂く。そうすることでガラフェゴルンは、生物が生きるために行う捕食行動を、ある程度制限することに成功している。




 これもすべてはただ動かずに眠っていたいという欲求を叶えるために、ガラフェゴルン自ら造り上げた怠惰なる手法であった。




「……?」




 ガラフェゴルンの警戒網に何かが引っかかった。


 視線を向けると、その先には複数の点が浮き上がっているのを確認できる。




 しかしそれはただの点というわけではなかった。


 何十匹にも増えた――ソルだったのである。


 ガラフェゴルンはスッと目を細めた。




 また来たのか……とでも口にしていそうな表情だ。




 ソルはBランクモンスター。たとえ百匹いたとしても、Sランクには到底及ばない。だからガラフェゴルンには揺らぎはない。


 《氷甲籠》から抽出したエネルギーを圧縮し、ソルたちに向けて放つ。




 この閃光の名を――《命光閃》という。




 ソルたちは、向かってくる《命光閃》に対し四散して回避行動を取る。


 何体かは、その速度に対処できずに飲み込まれて消失した。




 ガラフェゴルには、まるで無数のハエが鬱陶しげに飛んでいるように見えていることだろう。


 細かく《命光閃》を放ちながら、次々とソルを消していく。




 そうして意識が宙へ向いているガラフェゴルンをよそに、海中からも何かが押し寄せてきていた。


 それは数体のキラータートルである。








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