第191話 男に穢された者たち

「信仰そのものが神とでもいうんですか?」


「その通りです。己が信じる神が絶対の存在です。我々は『心想の神』と呼び、信仰を捧げております」




 ……ついていけねぇ。




 信仰は自由だっていっても、ここまで傾いていたら、もう病気と遜色ない。


 ただこれほどまでに心酔しなければならないほどの目に遭遇した者たちが多いのだろうが。




「ですから鳥本さんにも己の信じる神に身を委ねてもらいたいのです」


「あいにく、俺には信仰心なんてものはありませんよ」


「信仰は人を救ってくれます」


「よく知りもしない相手に期待するなんて、俺は怖くてできません。こう見えて誰よりも臆病なんで」


「だったらなおさらです。神に守ってもらえばよいのです」


「…………平行線ですね」


「どうやらそのようです。酷く残念なことではありますが。しかしきっと近いうち、あなたも神の存在に気づけるはずです」




 そんなことは有り得ないだろうが、ここは黙って流しておくことにした。




「私たち『乙女新生教』の在り方とはそういうもの。己が神を信じ、己を穢す存在である男を排除する」


「ここに集まってる人たちは、全員が男に何らかの傷を負わされたってことですか?」


「はい。それが身体の傷か心の傷か、あるいは両方かは各々に寄りますが」




 まあこんな時代だ。男なんて無法地帯に放り込めば、本能の赴くままに行動する奴らが多いだろう。無論良識ある連中だっているだろうが。




 そして実際に男に襲われたという女は数知れない。平和な時代でも度々あるのだから、現在の件数は跳ね上がっているはず。


 そういう男の欲望に穢された連中がここに集っているというわけだ。




「……失礼でしょうが、小百合さんも?」


「……あの時、鳥本さんが私を治してくださった翌日に、それは起こりました」




 無感情の表情を浮かべたまま静かに語る小百合さん。


 彼女が言うには、襲撃してきたのは『イノチシラズ』と名乗る者たち。




 これはもちろん崩原が組織したコミュニティのことではなく、崩原を陥れようと企んだ流堂の手の者たちのことだ。


 その連中に家を襲われ、一瞬にして全員が拘束されたという。




 そして目の前で夫を殺され、子供を殺され、そして彼女は男の欲望の捌け口にされたらしい。


 本来なら流堂の慰み者になる女には手を出してはならないらしいが、中には流堂に黙ってそういうことをする連中もいたようだ。




 そうして小百合さんは、好き勝手身体を弄ばれた挙句、流堂の拠点へと連れられていった。


 そこでは多くの女性たちが絶望に打ちひしがれていた。




 抵抗することを許されず、流堂に呼ばれるまでの間、恐怖と不安に押し潰されそうになりながら順番待ちをする。




 呼ばれた女は薬漬けにされ、ボロボロになって戻ってきて、用済みとして他の男たちへと回されるのだ。




 ……一応、流堂の拠点に乗り込んだ大鷹さんに聞いてたはいたが、相当酷かったようだな。




 まさに女にとって地獄のような場所だったらしい。


 助けに入った『平和の使徒』の連中も、全員が変わり果てた女性たちの姿を見て絶句したという。




「このような時代になって、男の欲望が剥き出しになり、多くの女性が傷ついています」


「……なるほど」


「男たちに監禁された時、私は一度この命を断とうかと思いました」




 そう思っても無理はない。というよりもしかしたらほとんどの女性がその道を選ぶかもしれない。




「しかし私の周りにはたくさんの怯える女性たちがいました。その中で最も年長が私であり、彼女たちと触れ合っている間に、この子たちを守らなければという考えに至ったのです」




 そして小百合さんは、順番待ちをしている女性たちに声をかけ、希望を捨てないようにと声を嗄らしたのだという。 


 するとその希望が叶った。『平和の使徒』たちによる救出である。




 だがそこで小百合さんもまた見ることになった。男たちに弄ばれ、人格すら破壊された者たちを。


 小百合さんは、しばらくそんな彼女たちにカウンセリングを施すようになった。




 彼女は子供ができて専業主婦となったが、それまでは介護士をしていたらしく、傷ついた女性たちに精一杯寄り添って世話をしたらしい。




「私は彼女たちと寄り添いながら、どうして女性だけがこんな目に逢わないといけないのか憤っていました。今この時も、男に傷つけられている者は出ていることでしょう。……許せることではありません」




 確かな怒りが小百合さんの声音に出ている。表情はあまり変わらずとも、そのよどんだ瞳の奥には絶対的な信念のようなものを感じた。




「鳥本さん、私たちは間違っているのでしょうか?」


「……それは俺には何とも」




 仮に復讐が間違ってるって言うなら、俺もまた復讐を遂げた一人として間違っているのだろう。別に俺は自分が正しいなんて思っちゃいないが。




「ただ法律が機能しているのなら、あなたたちは裁かれる対象ではありますがね」


「私たちを守ってくれない法律に何の意味があるでしょうか? それにもうこの世には法律なんてものは存在しません」


「ま、それもまた真実ですけどね。けど聡明なあなたなら理解できているでしょうが、あなたを救ってくれた者たちの多くは男ですよ?」




 俺もそうだが、弥一さんだってそうだし、『平和の使徒』だって。




「それは理解していますよ。だから鳥本さんにはとても感謝しております。男性の中には、夫やあなたのような人がいることも事実でしょう。ですが……もう止まることはできません」




 これだけの規模の組織のトップだしな。そう簡単に辞めるなんてことできないだろう。




「私は教団の教えとして、新たに一つ加えようと思うのです」


「は? 教えを加える?」


「ええ。それは――『我々にとって利益となる男性の無期限猶予』です」








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