第17話 次なるターゲット

 本来の俺のスペックなら、こんな大荷物を持つことはできないが、さすが《パーフェクトリング》、この程度なら何てことはない。

 インターホンを押すと、今度は夫婦と一緒に四人の子供が出てきた。


「お待たせ致しました。こちらがお米三十キロ分になります」


 奥さんが段ボールを開いて中を見て笑顔になる。子供たちもクーラーボックスの中に、美味そうな肉や魚があることを知って喜々とした表情を浮かべていた。


「本当にこれだけの米が……しかも魚沼産の高級米じゃないか。そういえば幾らだね?」


 俺が購入した米は、十キロで約一万円。その三倍以上は頂くつもりだ。


「お米は三十キロ分で十万円。こちらの食材は――初回は無料ということで構いません」

「!? 無料でいいのかい!」


 旦那さんだけじゃなく、子供たちも感動気に「お~!」と目を丸くしている。


「ただし次からはもちろん頂きますが」

「う、うむ! それでいい。本当に現金でいいんだね?」


 俺は旦那さんから現金十万円を手渡しで受け取った。

 実際これでも十分にプラスになっている。肉は《オーク肉》だし、魚だってそんなに高くない。


 とにかく俺の食材を気に入ってもらって信頼してもらうことが第一だ。

 子供たちが家の中へ食材を運んでいく。


「いやぁ、本当に助かるよ。そうだな……次は一週間後にお願いできるかい?」

「では一週間後の、同じ時間帯でよろしいですか?」

「ああ、是非頼む」

「了解しました。ああ、あと日用品や雑貨なども扱っておりますので、何か物入りがございましたらお申しつけを。できる限りご用意させて頂きますので」

「本当かい! それは助かる!」

「ええ、本当に。今じゃお店に行ってもシャンプーや石鹸も買えないから」


 奥さんがホッとした様子で声に出す。


「もちろんそういったものもご用意できますので」


 さて、ここからが本番だ。


「そういえば向かいにある家ですが」

「向かい? ああ、福沢さんのお宅かい?」


 これはまた裕福そうな名前だこと。


「ええ。通りかかった時に、あの大きな門が開いて、その奥に車椅子に乗った子供が見えたのですが……足が悪いんですかね?」

「ああ……実は九歳の頃に事故に遭って下半身が麻痺したそうだよ」


 麻痺……なるほど。


「治る見込みはあるんでしょうか?」

「さあ……けれどもうあれから三年……いまだに動かないところを見ると、難しいかもねぇ」

「あそこの奥さんも、どんなに嘆かれたことか。それに旦那さんは、今でも有能なお医者様を探し回ってらっしゃるらしいわね」


 良い情報だ。つまり子供の障害を取り除ける医者がまだ現れていない。

 そんな子供を救うことができたら、その見返りは莫大なものになるはずだ。


 もちろん俺には医術の心得なんか一つもない。精々心臓マッサージや人工呼吸くらいの知識くらいだ。

 しかし俺には、ファンタジーアイテムという常識を覆してしまう強い味方がいる。


 その中には、どんな病や傷をも癒す薬だって存在する。

 俺は思わず込み上げてくる笑いを噛み殺しながら、石橋家の者たちに、福沢家に関して他の情報も聞き出したあと、挨拶をしてその場をあとにした。


「さて、あとはどう福沢家とコンタクトを取るか。訪問販売として尋ねてもいいが、この規模の家だし、食材関連じゃ門前払いされるかもなぁ」


 さっき作った俺のキャラじゃないが、多くのコネクションも持っていそうだし、怪しい訪問販売員に頼るほど困っていなさそうだ。

 ならここは素直に医者として……いやいや、どこの誰が医療訪問なんてやってんだ。


「待てよ……逆に不自然過ぎて興味が湧く……か?」


 幸い福沢家の主人は、子供を治すために日夜奔走しているとのこと。

 どんな些細な情報でも縋りつきたいと考えているのだろう。


 となれば、たとえ胡散臭くても試しに話くらいは……という流れになってもおかしくないかもしれない。

 ただやはり信用できないと袖にされる可能性の方が高い。


「難しいな……父親が俺に頼りたいって思わせる方法があれば……」


 確か聞いた話によると、福沢家の主人もまた医者で大学病院の教授を務めているらしい。 

 子供は三人いて、長男もまた同じ病院に勤めるエリート医師で、母親と長女は看護師をしているような医系一家というわけだ。


 その中で、まだ十二歳の末っ子は事故の後遺症で下半身が麻痺してしまった。

 その子の名前は福沢環奈といって、何でも将来の夢はなでしこジャパンでも活躍するサッカー選手になることだという。医者じゃないってところは面白いが。


 しかし下半身が麻痺した以上、彼女の将来に対する選択肢は否応なく狭まってしまった。

 今は明るさを取り戻しているが、当時は部屋に引きこもってずっと泣いていたという。


 そんな環奈を見ていられず、少しでも歩けるようにしてやりたいと、父親はすべての伝手を使って有効な医術を探しているらしい。

 ただ現代の医学では不可能とされていて、ほぼ絶望的な状態でもある。


 またこんな世の中になってしまったことから、医者たちも大忙しで、たった一人の少女だけのために時間を費やすことができないのだろう。


「そういや石橋の奥さん、こんなことも言ってたか……」


 福沢家の旦那さんは、とてもよく出来た人で、避難場所に設定されているところへ出向いては、そこに身を寄せる怪我人や病人などを無料で診察してあげているという。

 自分の娘だけじゃなく、そうして他人にまで手を差し伸べる姿に、『白ひげ先生』として慕われている。


 これは医師なら誰もが知っているであろう、山本周五郎の名作から生まれた、江戸時代に生きた医者――『赤ひげ』から取ったものだ。

 主人公――赤ひげは、凄まじい貧困の中で病に喘ぐ人々に対し、病気だけを診るだけじゃなく、その背景にある人間模様や社会の病巣まで見据えて、医師として、そして人としても最善を尽くす素晴らしい人格者なのだ。


 この住宅街に住む人々もまた、何かあれば福沢家の主人を頼るほど信頼されている。


「世の中にはそれこそ創作物語にしかいないような良い人ってのはいるんだな」


 俺や学校の連中とは正反対の存在だろう。


 もしそんな人が俺のクラスにいたらどうだったろうか……。


 いや、そんなIfを考えたって仕方がないが、仮に『赤ひげ』のような人物がいたら、きっと何かが変わっていたような気がする。


 とまあ、福沢家の主人についての情報を洗い出してみたが……さて。


「……避難場所の見回り……か。これは使えるかもな」


 俺はある考えが脳裏に過ぎり、それを実行しようと動き出したのである。





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