第15話 変身薬

「いいですね。じゃあこれが報酬ってことで」

「おお! もしかして君も時計好きかい! いいよね時計! 特にロレックスはやっぱりカッコ良いしさぁ」

「ちょっとあんた、恩人さんが困ってるでしょうが」

「え? あ、ご、ごめん!」

「いえいえ、こちらも満足のいく報酬をもらえましたので」

「どうせなら全部上げればいいのに、そんなもん」

「そ、それは殺生だぞ! これは僕の宝でもあるのに!」


 などとイチャイチャしだしたので、俺は早々と立ち去ることにした。

 夫婦には何度も礼を言われながら、俺はどこかでまた商売の相手にできそうだと思ったので、愛想よく会釈をして家を出て行く。


 そして少し離れたところで俺はクククと、思わず笑みが零れ出てしまう。


「ご主人?」

「ああ、悪い悪い。ちょっと思った以上の稼ぎができたんでな」


 まさかいきなり百万以上も稼ぐことができるとは思わなかった。


 俺は速攻で腕時計を売却して、残金に加算しておく。他にも今回の戦いで手に入れた素材なども売る。

 ただ《コアの欠片》だけは残しておくが。


 これで残金――10177200円。


 再び一千万円代に戻った。だがまだまだ心許無い。もっともっと稼ぐ必要がある。

 さっきの夫婦の家に戻り、時計を奪うっていう選択肢もあるが、それはまあ後の手段の一つとして考えておく。


 思った以上に人助けが金になることを知った俺は、その中でも金を持ってそうな者たちをターゲットにして、商売をすることにした。

 金持ちとはいえ、現状現金や貴金属なんてほとんど役に立たないだろうから、金持ちとしてのアドバンテージは低い。


 だが俺にとっちゃ、金持ちは文字通り良い金ヅルになる。

 もちろんさっきのようにダンジョンを攻略する見返りを要求するのでもいいし、食料や役に立つアイテムなどを商品にするのも良い。


 特にファンタジーアイテムを売りつけるのは高額で取引できそうだ。ただ当然相手を選ばないといけないが。

 下手に俺のことが広まると、厄介な連中が集まってくる可能性だって高い。


 口が堅く、交渉ルールを守れるような金持ちがいたら最適だ。


「とはいってもそういう相手をどうやって探せばいいか……」


 ……いや、ちょっと待てよ。別に金持ちを選別しなくても良いかもしれないな。 


「確か〝SHOP〟に…………お、あったあった」


 俺の視界が捉えたのは《変身薬》という商品だった。

 これは一粒服用すると六時間、自身の姿を好きなものへと変貌させることができるのだ。


 無生物でも動物でも、そして別人としてでも。

 つまりこれを利用して素顔を隠せば、幾らその人物が有名になったとしても、また姿を変えることができるので追うことはできなくなるだろう。


 これなら仮令

たとえ

ファンタジー商品を売る奇妙な商人がいるという噂が広まっても、坊地日呂に辿り着くのはほぼ不可能になる。

 ちなみに自分の意思で変身を解くことも可能らしい。もっとも一度解いてしまえば、さらに変身することはできないが。


 俺はさっそく《変身薬》を購入する。一箱六粒入りで15000円と結構な値段だ。


「じゃあとりあえず試しに一粒」


 俺はある姿を思い描きながら服用すると、身体が発光してその形態を変化させていく。

 そして手鏡を取り出して確かめてみる。


「――おお! マジで別人だ! しかも声も変わってる!」


 俺が変身したのはスーツ姿の四十代の渋い男性。身長も顔立ちも何もかもが坊地日呂と異なっている。声だって年相応に野太いものへと変化した。


「いいな。これなら多少目立つことをしても問題ないぞ」


 危ない時はまた姿を変えれば良いだけ。


「ただ時間だけには気をつけなければな」


 忘れていて、人前で変身が解けたら事である。

 俺は自分の腕時計に五時間半後でアラームがなるように設置しておく。残り三十分もあれば、さすがに対応することができるだろう。


「さて、では残り五時間五十七分。有効に活用させて頂こうかね」


 ちょっと渋いダンディに成り切ってみたが、やっぱりちょっと恥ずかしい。

 しかし時には女性や子供にも変身することもあるので、慣れておかなければならない。

 そうして俺はこの姿で次なるターゲットを求め、有名な高級住宅街へと足を延ばすことにした。








 閑静な住宅街へと辿り着いた俺は、どこかしかに悲鳴などが聞こえてこないか耳を澄ませながら歩いていた。

 しかしなかなか上手くはいかないもので、時間は刻々と過ぎていく。


 すでに二時間ほど、同じ場所をグルグルと回っているが、もし通常時ならば完全に職務質問の対象になっていることだろう。


「家に誰もいないのか?」


 ならもう忍び込んで怪盗に早変わりしてやろうか。

 そんなことを思いながら、もう何周目か分からないくらいの道を歩いていた時、車が走ってくる音が聞こえ、思わず物陰に身を潜ませて様子を見た。


 すると高級外車が悠々と道路を突き進み、屋敷みたいな巨大な門構えみたいな場所で停止し、門が自動的に開いたあとに、その中へと走り去っていく。


「すっげえデカイ家だな。金はあるところにはあるってことか」


 多分一億や二億はくだらない物件だろう。それこそ一桁は違う気がする。

 ただ家などの建物そのものを《ボックス》に入れることはできない。できるなら勝手に奪って売却すれば一瞬で大金持ちだろうが。


 ただ〝SHOP〟では普通に家も売っている。もちろん高いものは果てしなく高いが。


「う~ん、こういう家が何か困ってたらベストなんだがなぁ」


 それを解決して莫大な報酬を得る。目的はこれだ。

 ただこれだけの金持ちとなると、食料だって溜め込んでいる可能性もあるし、ダンジョン化しない限りは、そうそう困ることはないかもしれない。


 やろうと思えば自給自足だってできるだろうしな。


 するとまた門が開き、そこから車が出てくる。

 その時、俺は見た。


 扉の奥で車を見送っていた――車椅子に乗った少女の姿を。

 年の頃は十歳くらいだろうか。使用人らしきものに囲まれ、車に向かって手を振っていた。

 恐らくはこの家の娘だろうが、俺はそんなことよりも金のニオイを感じ取りほくそ笑む。


「……少し調べてみるか」


 俺は《ボックス》の中から、予め購入しておいたクーラーボックスを取り出す。

 ソルには少し離れていてもらい、件の大豪邸ではなく、近所にある家に向かってインターホンを押す。表札を見ると石橋というお宅らしい。


 やはり誰も出ないかと思われたが、インターホンから「はい?」と女性の声がした。


「あ、すみません。わたくし食材の訪問販売をさせて頂いております海馬かいばと申します。少しお時間よろしいでしょうか?」

「え? 食材の……何ですか?」

「食材の訪問販売です」

「……ちょっと待っててください」


 俺は言われた通りに待っていると、玄関口から四十代ほどの女性が出てきた。その傍には夫なのか、男性の姿もある。




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