第11話 望まぬ再会

 それからしばらく街を散策していると、大勢の活気を発見した。


 そこは公民館で、市民たちのために炊き出しを行っているようだ。

 利用者の多くはホームレスの人たちばかりだが、中には小奇麗な身形をした者たちもいる。


 きっと家がダンジョン化して、避難してきた連中なのだろう。

 まだ人間たちには笑顔がちらほらとある。こうして拠り所となる場所がまだ存在しているからだろう。


 しかし時が経つに連れて、きっとこの活気もまた失われていくはずだ。

 ダンジョン化が激しくなれば、ここに集まる者たちも増えるし、この公民館だっていつまでも安全な場所ではないだろう。

 人が増えれば食料だって追いつかなくなる。そうなれば絶対に始まる。


 ――奪い合いが。


 そしてその中で弱者が淘汰され、狡猾な強者だけが生き抜いていく。


〝ご主人、ここに何か御用が?〟


 ちゃんと人がいる場所では念話を使う。しっかり言いつけを守るソルは本当に頼もしい。


〝いや、ただ何となく見てただけだ。そろそろ帰るか〟


 そう思いその場から離れようと思った矢先、不意に公民館の敷地内からこちらを見つめる一つの視線に気づいた。

 五歳くらいの子供だろうか。愛らしい顔立ちにスカートを履いているし女の子だ。


「――トリしゃん!」


 俺を……いや、正しくは肩に乗っているソルを指差して叫ぶ幼女。

 そして目を輝かせんがら俺の方へ駆け寄ってくる。


 途中道路を挟んでいるので、俺は思わず左右を確認して車が来ていないか見た。


 ったく、保護者は何してやがる!


 幼女は俺の心配をよそに道路を渡ってこちらに寄ってきた。


「トリしゃんだ! トリしゃん!」


 やれやれ、どうやら捕まってしまったようだ。


「ねえねえ、トリしゃん……さわっていい?」

「……叩いたりしちゃダメだぞ」

「うん!」


 俺は念話で〝悪いな。少し相手してやってくれ〟とソルに頼むと、ソルも〝御心のままに〟と言って、俺の肩から幼女が触れるように地面に降りた。


「わぁ~、フワフワだぁ! かわいいねぇ~」


 幼女は嬉しそうにソルの身体を優しく撫でている。

 人間もこれくらいの頃は無邪気で可愛いのにな……。


 何であんなどす黒い存在に成長するのか非常に嘆かわしい。

 かくいう俺だって同じ人間で、どす黒いものを抱えている身分ではあるが。


 動物も良いが、小さい子供もまた触れ合うのは好きだ。

 彼らは本心でぶつかってきてくれる。感情をそのまま表に出し、裏なんて一つもない。だから接していてストレスは溜まらない。


 まあ子供と全力で遊ぶと、違う意味のストレスは溜まるかもしれないが。

 どう考えても体力はこっちの方が上なのに、子供と遊び続けると何故か先にこちらが参ってしまうのだ。あれはどういうことなのかいまだによく分からん。


「ねえ、このこのおなまえはぁ?」

「コイツはソルっていうんだ」

「そる? ソルちゃん!」

「ぷぅ~!」

「あはは、ソルちゃん、よろしくねぇ~」


 ところでコイツの保護者はどこにいるんだ? いつまでこんな小さな子を放っておくつもりだよ。

 俺は公民館の方を眺めて、この子を探している様子の大人を見つけようとするが、人も多くそれらしい人物が見当たらない。


「ったく……。なあ嬢ちゃん」

「じょう……ちゃん? ちあうよ? まーちゃんはまーちゃんだよ?」

「そっか。まーちゃんって名前なんだな。じゃあまーちゃん、いきなり道路に飛び出したらダメだぞ。車に轢かれちゃうかもしれねえからな」

「え……あ、ごめんなしゃい」


 謝れるということは、車が通る場所ということはちゃんと理解しているようだ。

 しかし多分動物が好きなんだろう。フクロウを見つけて、つい無我夢中で近寄ってきてしまったというわけである。


 俺は「分かればいいんだ。次から気をつけろよ」と言って頭を撫でてやると、まーちゃんも「えへへ~、うん!」と無垢な笑顔で応じてくれた。


 するとそこへ――。


「まひなーっ! どこに行ったのーっ、まひなーっ!」


 公民館の方から女性の声が聞こえたと思ったら、


「あっ、おねえちゃんのこえっ!」


 どうやらようやく保護者が迎えに来てくれたようだ。

 俺は心の中で「遅えよ」と思いながら立ち上がり、公民館の方へと視線を向けてハッとなる。


 そこには――――見知った顔があったから。


「おねえちゃーんっ!」

「……! あ、まひな! 何でそこに! ちょっと待ってて!」


 そいつは道路を左右確認してから、慌ててこちらへと駆けつけてきた。

 そしてまーちゃんもまた、そいつの足元へ抱き着き笑っている。


「あのねぇ! トリしゃんをさわらせてもらってたのー!」

「もうまひなったら。その、この子がご迷惑をおかけして申し訳あり……ませ……ん……え?」


 やっぱ気づくよなぁ。変装なんてしてねえし。


 そいつは俺を真正面から見て固まってしまっている。


「…………坊地……くん?」

「……はぁ。無事だったんだな――――十時」


 そう、そこにいたのはクラスメイトであり、クラス委員長を務める十時恋音だった。





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