第6話 学校へ様子見
「…………ふぅぅぅぅ~」
危なかった。それにしても今の矢は……罠だな。
ここの住人が自分の家にこんな危ないトラップを仕掛けるとも思えない。
十中八九、ダンジョン化したせいだろう。
「にしても罠まで設置されてるのか。……今後は気をつけねぇとな」
この部屋は書斎のようになっていて、他には何も特筆したものは見当たらない。
ということは、ダンジョンの鍵は残りの部屋にあるということなのか……。
俺は耳を澄ませながら扉から出て、残りの扉の方へと近づいていく。
扉に耳をピタリとつけて、中の様子を窺う。
微かに足音が聞こえる。人間で言うと一人分だ。
なら、と覚悟を決めて、勢いよく扉を開いて、大きく後ろへ距離を取る。
すると部屋内にいた存在が、当然のようにこちらに意識を向けた。
やっぱゴブリン――でも青い!?
今までのは全身が緑色のゴブリンだった。しかしここにいたのは、見た目はそっくりでも肌の色が違っている。
もしかしてボスモンスターって奴か!?
「ギギギィッ!」
青いゴブリンは手斧を両手に握っており、俺に殺意をぶつけながら駆け寄ってくる。
俺は真っ直ぐに突っ込んでくる奴のタイミングを図って、動線上にある扉を開いた。
突如目の前に開いた扉に勢いよく衝突した青いゴブリンは、ゴロリと後ろに転倒してしまう。
今のうちだと、俺は奴に馬乗りになって右手に持っていたナイフを振り被る。
虚を突かれた青いゴブリンも対処し切れず、ただギョッとしたまま固まっていた。
――ズシュゥッ!
額をぶっ刺された青いゴブリンは、悲鳴を上げる間もなく、ビクンビクンッと痙攣をし始め、次第に動きを停止させていく。
そして数秒後、額から大量の血を流す青いゴブリンは、光の粒となって消えた。
「……はぁぁぁ~。何とか討伐成功か……」
だがそこへ、下から何かが駆け上がってくる音がする。
おいおい、ボスっぽい奴を倒してもクリアじゃねえのかよ!
俺はすぐさま立ち上がって、その先にある青いゴブリンがいた部屋へと突っ込み、誰も入って来られないように扉を閉めた。
「ったく、ビビるっつーのに。さてここは……ん?」
部屋内を見回すと、奇妙なものを発見した。
壁に埋め込まれたクリスタルだ。キラキラと美しい輝きを放っている。
装飾品なのかとも思ったが、ここは客間として使っているのか殺風景なのにもかかわらず、そのクリスタルだけが異質な存在だった。
言うなれば全然部屋の雰囲気と合っていないのである。
「ダンジョンっていえばダンジョンコアってのが存在する場合があるけど、まさか……」
俄かなゲーム知識ではあるが。
俺は顔ほどの大きさがあるクリスタルに近づいて、ナイフで軽く突いてみた。
コツンコツンと触っても反応は無い。
「……壊してみるか」
そう思った直後、ドドンッと扉を叩く音がしてビクッとする。
扉の向こうからはゴブリンらしき声とともに、激しい衝撃音が扉から聞こえてきた。
俺は奴が扉を壊す前に、クリスタルに向けて《アシッドナイフ》で軽く傷をつけてみる。
すると傷つけた部位から腐食が広がり、そして――パリィィィィンッ!
瞬間に霧散して消失した。
それと同時に、先程まですぐそこにいたはずのゴブリンの気配まで消えていたのである。
俺は恐る恐る扉に近づいて確かめたが、やはりゴブリンの姿はいなかった。
「もしかして今のでクリアって……ことか?」
何かそれを示すものがあるかと《ボックス》を見てみると、そこには《コアの欠片》という見たことない代物が入っていた。
調べてみると、どうやら《ダンジョンコアの欠片》ということらしい。
「さっきのがコアだったのか。つまりやっぱさっきまでこの家はダンジョンになっていて、攻略するにはコアを破壊する必要があるってことだな」
そうすればモンスターも自動的に消えるというシステムらしい。
俺はそれでも一応警戒しつつ一階へと降りる。
「……けど死体はさすがに元には戻らねえよな」
庭には遺体が横たわっている。
本当なら供養するべきなのだろうが、いつまでもここにいるわけにもいかないので、俺は軽く合掌したあとに、家からそそくさと離脱した。
思った以上に外に出た成果はあった。
特にダンジョンに関していろいろなことを経験できたのは大きい。
まあ、余計なトラウマも抱えそうな現場ではあったが、それでもこれからあんな光景なんて珍しくもなくなるだろう。
ちなみに手に入れた《コアの欠片》は、結構な値段で売却できるらしいが、何か珍しいものっぽいので、最悪の状況(金欠)になるまで置いておこうと思う。
「さて、ずいぶん早めにやりたいことが終わったんだけどな……」
家に帰っても特にすることもないので、とりあえず街を見て回ることにした。
大通りに出ると、さすがにまだ車が多く走っている。すでにモンスターの存在を知っている者たちもいるだろうが、車の中なら安全だと思っているのかもしれない。
事実ゴブリンくらいなら車で轢き殺すという手もあるしな。
ただ学校で見たような巨大なバケモノに関しても、間違いなく戦車クラスの兵器が必要になると思うが。
……学校か。
そういやあれからどうなったのだろうか。少し気にはなるものの、何となく地獄絵図が広がっていることだけは予想することができる。
時間潰しがてら、少し様子でも見に行ってみよう。
俺はまだ走っているバスに乗り込み、学校へと向かう。
しかしバス利用者は俺しかいないようだ。
ならばと思い、運転手に近づいて少し気になることを聞いてみる。
「すみません。ずいぶんと閑散としてますね。朝からこんな感じっすか?」
「え? ああ、ほら……何だか街中にバケモノが現れたって話でしょう? そのせいでお客さんもあまり外出しないようにしてるんじゃないかな? あ、ほらまたパトカーと消防車が走ってる」
確かに何台ものパトカーや消防車を、ここに来る前にも何回か確認した。
それに引っ切り無しにサイレンの音も響いている。
「一体どうなってんのかねぇ。俺、この仕事続けられるよな?」
「……大変っすね」
「本当だよ。ああ、もし廃業とかになったらどうしよう……」
残念ながら近いうちにそうなる可能性は非常に高いだろう。
ダンジョンからモンスターが外に出られることが判明した今、街中に普通に出現してもおかしくはない。
そうなれば道路だって安全な場所じゃなくなってしまうし、バケモノが自由に闊歩するような場所を誰が好き好んで走りたいだろうか。
ただ今は、まだモンスターの出現率も低いのか、比較的道路は安全だ。
とはいっても渋滞率は増しているようだが。
俺は学校の近くの停留所で降りると、学校へとそのまま向かっていく。
だがそこはすでに戦場と化していて、学校の周りには多くのパトカーや救急車が停まっていて、一般人が立ち入りできないようになっていた。
「やっぱこうなってたか……」
すると正門からゴブリンが走ってきて、身構えている警察官たちへと迫っていく。
――バンッ、バンッ、バンッ!
痛烈な音が響き渡り、硝煙のニオイが周囲に漂う。
そしてゴブリンは頭や身体から血を流して倒れると、そのまま消失した。
さすがに銃弾の威力だ。モンスターにもちゃんと効くらしい。
銃撃の音や爆発の音は、学校内からも響き渡っている。
ただ同時にモンスターの遠吠えのようなものも聞こえてきた。
どうやら中に入った機動隊たちによる、生徒の保護を目的としているようだ。
結構な規模の学校だし、あれからまだ一日しか経っていないので、逃げ遅れた生徒も大勢いることだろう。
恐らくは建物に立てこもってモンスターたちの襲撃に備えているはず。
「あーあ、大変だなこりゃ」
母校が地獄へと変わっても、何ら揺らぐ感情は無い。
ぶっ壊れろとも、全員助かればいいとも思わない。
ただただ、どうでも良かった。
ここに来たのも興味本位だけだ。
クラスメイトだって、何人か殺されたかもしれないし、まだ助けを求めて生き残っているかもしれないが、心底どうでもいい。
まあ、俺をイジメていた主犯である王坂くらいは殺されていた方がスッキリはするが。
それが分かった時は、せいぜい〝ざまぁ〟とだけ言ってやろう。
また正門からゴブリンが三体ほど駆け寄ってくるが、機動隊の銃撃によって討伐されていく。
しかしこれも無駄な行為に繋がる。何せコアを破壊しない限りは無限に生まれ続けるのだから。
「けどこの広い学校の中からコアを探し出すのも一苦労だよなぁ」
それにきっとコアの前には凶暴なモンスターが待ち構えている。あの時の青いゴブリンのように。
ボスモンスターだし、他のモンスターよりも確実に強いはず。
つまりはあの体育倉庫から出現した巨大なバケモノよりも強いってことだ。となれば機動隊の攻撃力じゃどうしようもないかもしれない。
それこそ自衛隊の全戦力を注ぎ込む必要がある可能性が高い。それこそ戦車や航空機などを使って大火力で仕留めるしか……。
ただダンジョン化しているのはココだけじゃないだろうし、どう考えても自衛隊の手が回るとは思えない。今もどこかしこに派遣されて活動しているかもしれないのだ。
「……ん?」
そこへ、機動隊に誘導されて大勢の生徒たちが正門へとやってきた。百人にも満たない数だ。
中には傷を負っている者、ボロボロで担架やおんぶで運ばれている生徒もいる。
傷が深い者を優先して救急車に乗せて病院へと運ばれていく。
俺は同じように遠目で野次馬になっている人に尋ねる。
「あの、すみません」
「ん? 何?」
「この救出作戦? いつからやってます?」
「昨日の夕方くらいから、かな?」
「へぇ、もう結構な人数を救出できたんですか?」
「さあ、少なくとも俺が見たのは、今が初めてだよ。凄いよなぁ、まるで映画みたいだ」
つまり救出は結構難航しているということだ。無理もない。ダンジョン内にはモンスターの他、罠などもあるはずだし、普通のテロよりも救出は難しいだろう。
何せモンスターは人質を取っているというような考えなんてないはずだから、交渉なんて一切期待できない。見つかったら問答無用に殺しにくるので、それに対応しつつ生徒たちを無事確保しなければならないのは非常に困難だろう。
「何かこう、モンスターたちを簡単に倒したりしてる生徒や教師の話って聞いてます?」
「あ? 何だそれ? てかそんな奴っているの?」
どうやら物語のように、強いステータスやスキルを持っている人間はいないようだ。少なくともまだ現れていない、か。
オタク連中がいたら、絶対にステータスオープンとか俺みたいに試してるはずだしな。なのにそういう連中の姿が発見されてねえのか。
でも俺だけがこんなスキルを持っているわけじゃないと思う。
だって人間の危機的状況に目覚めた力が〝ショップ〟スキルというのもどうだろうか。
強力っちゃ強力だが、さすがに異質な感じがする。
それに俺は特別な存在でもない。一般的な家庭に生まれ育った人間だ。
前世が関係するとか言われたらさすがにお手上げだけどな。
でもだからって、やっぱり俺だけがスキル持ちってことはないだろう。
「ねえお兄さん、スキルって言ってみてくれませんか?」
「は? スキルがどうしたってんだ?」
「……いえ、こういう時、漫画の主人公みたいにスキルや魔法が使えたらカッコ良いなって思いまして」
「お、それいいな。けどまあ、そういうのは選ばれた奴らだけなんだろうなぁ」
……すみません。どうやらその選ばれた奴らの一人が俺みたいですわ。
少なくても、目の前にいる男性にはスキルは備わっていないようだ。
これですべての人間に力やスキルが存在するという可能性はほぼなくなった。
今後、何かしらの条件をクリアして覚醒するということもあるかもしれないが、とりあえず今は限られた人間にしか発現しないものなのだろう。
俺は《単眼鏡》を使って、救出された生徒たちに保護者らしき者たちが駆け寄っている姿を見る。
その中には幾人か、クラスメイトの顔もあった。
俺は冷ややかな視線を切り、そのまま《単眼鏡》をポケットに入れると、その場を静かに立ち去っていった。
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