A面とB面を合わせ飲めるシングルこそ至高の大人CD
ちびまるフォイ
聞かせられないB面
CD文明が失われてからはや数十年。
AIつきCDはやがて自我を持って独自の文化形成をしていた。
「おつかれーー。よぉ、"チェリー(曲名)"。今日は飲みいくだろ?」
「いや今日は……」
「なぁに良いCDぶってんだよ。
ディスクプレイヤーの中でA面すり減らしたんだから、
ちょっとB面酒場で自分を解き放つってのもいい仕事の秘訣さ」
「わかったよ」
CDにはふたつの顔がある。
A面と呼ばれる「良いほう」と、B面の「悪いほう」。
「かんぱーーい!」
B面酒場ではその名の通り、入り口に「B面限定」と書かれている。
酒場ではA面の取り繕った自分を出すことはなく、誰もが本性をあらわにしている。
「ちくしょぉーー! なんでモテないんだぁぁーー!」
「MD部長なんて死んじまえぇーー!」
「かわいいクリーニングディスクと付き合いてぇーー!」
「お前ら回りすぎだって!」
「うるせぃ、こちとらA面ばかり回してストレス溜まってんだ。
B面を解き放たないとやってられねぇんだ」
「はいはい……。そいで、ケースに送り届けるのは俺の仕事なんだよなぁ……」
「それよりよぉ、お前、こないだの"ダーリン(曲名)"とはどうなんだよ」
「どうって?」
「B面取り繕ってんじゃねぇよ。その後の関係はどうなんだって話だ。結婚するのか?」
「いや……まだ踏ん切りがつかなくて……」
「なんで? あんなにいい曲他にないだろう」
「付き合っているときの自分はA面しか見せていない。
だから、いざカップリングすることになって、
同じプレーヤーでB面を再生しあったときに"なにこの曲……"って幻滅されないか心配なんだ」
「ハハハハ。そんなこと心配しているのか。
だったら早くB面を明かしてこい。それにかぎる。
悩んでいるってことはカップリングしたいってことなんだろ」
「受け入れてくれるかな……」
「A面を好きになってくれてるんだ。自信持て」
B面酒場ではお互いにごまかしや嘘はない。
本性であるB面だからこそ励みになった。
審判の日は彼女の方から持ちかけられてきた。
「チェリー君、話があるの。
私達もう一緒に再生しはじめて結構経つじゃない。
だけど、私あなたのA面しかまだ知らない」
「……そ、そうだったね」
ついにこのときが、と自分の中で腹を決めた。
「それじゃ聞いてほしい。これが、俺の……B面だ!!」
俺は曲を再生した。
彼女の反応は好意的だった。
「……え? これがB面? めっちゃいい曲じゃない!」
「だ、だろ……」
「でも、これってA面のインストルメンタルアコースティックオルゴールver.じゃない?」
「そうなんだよ。実は俺、両A面シングルだからB面がないんだ。ハハハ」
「それじゃチェリー君は裏表のないCDだったのね! 好き!!」
これを機に彼女はますます好きになってくれた。
嫌われたくなくてとっさに両A面などとごまかした罪悪感は残ったままだった。
彼女の前では常にいい曲ばかりを流し続け、A面B面のないCDという理想像と自分とのギャップがしだいに深まっていく。
「ねぇ、式場はどこがいい? やっぱりハイレゾ4Kのコンポかしら。
でもでも、武道館で盛大に挙式ライブもいいわよねぇ」
「そ、そうだね……」
「ちょっと。なんか他人事って感じ。二人のことなんだから真面目に考えてよ」
「考えてるよ……」
自分のB面を早いこと明かさないとと焦りばかりが出てくる。
A面の光が強くなるほどに、B面の闇は濃くなってゆく。
けれど、自分のB面を聞かせられないまま挙式当日を迎えてしまった。
「ついにこの日が来たのね!」
「あ、ああ……」
「嬉しくないの? ついにカップリング曲になれるのよ?」
「嬉しいよ……もちろん……」
控えのケースで待機していても頭はB面のことばかりだった。
これ以上は引き延ばせないと覚悟を決める。
「あのさ! 聞いてほしいことがあるんだ!」
「聞いてほしいこと?」
「実は俺のBーー」
言いかけたところで「準備できました」と声がかかった。
「さぁ、CD入場よ。行きましょう。話はあとで」
「あ、ちょっと!」
再生場所に向かおうとする彼女をとっさに止めた。
「どうしたの!? みんな待ってるのよ!」
「実は! 俺は両A面のシングルなんかじゃないんだ!!」
「……え?」
「君には嘘をついていた。嫌われるようなB面を聞かせたくなくて。
君といるときはいつもA面だけを見せていたんだ」
あまりの突然な暴露に彼女も言葉を失っていた。
「俺はこの式でA面とB面どちらも流そうと思う。
どちらが欠けても俺じゃないんだ。両方揃ってひとつのシングルだから!」
プレイヤーに飛び込むと、AB両方を再生した。
これまで白馬にのった王子様のように完全無欠な自分の理想像を
B面という本性で泥を塗ってゆくことに恐怖があった。
それでも、後悔はなかった。
2曲を再生し終わると彼女のもとに戻った。
「聞いてくれた?」
「ええ……」
「これが俺のB面なんだ。A面のように優しくて思いやりのある歌詞だけじゃない。
ときに人を呪ったり恨んだりするようなB面の曲がある。
両方含めて、俺というシングルなんだよ」
「うん……」
「幻滅した? 嫌いになった? それなら俺を切ってくれていい。
君とのカップリングをするうえで、B面を知ってもらう必要があると思ったから……」
「……ありがとう」
「え?」
「あなたのB面、すごく素敵だった!」
彼女はCDの裏側をキラキラと輝かせた。
「B面をしれてますます好きになった!
A面のあなただって嘘じゃない。B面があるからA面もあるのよね。
どちらか欠けてもいいシングルにはならないもの!」
その反応を受けて、どうして自分はあんなに悩んでいたのかバカバカしくなった。
彼女の曲調は誰よりも自分が知っているはずなのに。
幻滅するとか受け入れてもらえないとか、そんなことする曲じゃない。
だから好きになったんだ。
「ありがとう、本当はずっと怖かったんだ。
君が俺のB面を聞いて見限るんじゃないかなって……」
「ううん、すべての曲を受け入れてこそカップリングよ」
「うん。うん。そうだよね……ありがとう……!」
改めて彼女の存在の大きさを認識した。
「……それでね、渡したいものがあるの?」
「渡したいもの?」
彼女は二つ折りの紙を渡した。
中にはいくつもの曲がびっしりと目録のように箇条書されていた。
「実は私、アルバムなの♪
これまであなたに見せていた私は1曲目の私だけ。
残り14曲の私はこれからわかると思うけど、受け入れてくれるよね?」
「も……もちろん……」
答える声は震えていた。
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