夏の魔物

今村広樹

本編

 冬が過ぎ、ようやく春が近づいて来た。

 少年が、その男に最後にあったのは、そんな小春日和のことであった。

「やあ、お久し振りだね」

と、話しかけた男はお祭りでよく売っている熊のお面で顔を覆っていた。歳は彼の父親パパくらいだから40くらい。

「うん、これが多分最後だから」

「最後?」

「ボク、引っ越しでここから離れるんだよ」

「ふうん、そうなんだ」

 男はさびしそうに呟いた。


 少年が男と最初に出会ったのは、1年くらい前のことだ。

 少年が一人で遊んでいると、不意に仮面を被った男が現れた。

「わあ、びっくりした!!!」

「ああ、ごめんごめん」

と、男はあやまる。

 そうして、あたりを見渡すと、少年は男の異質さに気がついた。この雲1つない晴れた日に、影のない人間がそこにいるのだ。

「おじさん、だれ?」

「うん、僕が見えるなんて珍しい子だなあ。僕はね、まあお化けとか妖怪みたいなもんさ」

「へえ」

と、少年はなぜか要領を得ない男の説明に納得した。

 なぜかって?彼も孤独ひとりだったからだ。

 親は不仲、友達もいない、そんな少年が唯一もった友達が、その男だった。

「おじさん、キャッチボール出来る?」

「ああ、うん、一応モノは持てるからね」

「じゃあやろうよ、一人でやっててつまんなかったんだよ」

「わかった、わかった」

 グイグイと、着ていた服の裾を引っ張られて、男は何処か出したグローブに手をいれた。

「あれ、おじさん、そのグローブどこから出したの」

「出したんじゃないよ、造ったのさ、1からね」

「へぇ」

 あまり気にしない風に言った少年が、トテトテとボールを投げる間隔スペースまで歩いていくのを、男は待っている。

 やがて少年は、ちょうど良い距離まで行くと、ポイッとボールを投げる。

 ボールは山のような軌道で男の頭の上を通りすぎていく。

 すると、男はヒョイッと飛ぶとボールを取った。

「わあ、おじさん、スゴいやあ」

「このくらいなら、まあなんとかなるよ」

「じゃあ、これならどう?」

 と、言うと少年はおもいっきりビューーーーーンというかんじで、そらに向かって ボールをぶん投げた。

 すると、男はぐっと一瞬、力を溜めたふうにすると、スバァアアァァアァァアアンとものすごい音とともにボールの方にむかっておおきくジャンプした。そしてあっという間にボールは男のグローブにおさまる。

「わあ、おじさんスゴいよ、スゴい!!!」

 少年が喜ぶと、男はニヤリと笑った。


「うん、それじゃあね!」

「じゃあな」

 少年は、そのまま駆け出して、ふと振り替えると、男がさびしそうに笑っていた 。

 少年は手をふってまた駆け出す。

 次に少年が振り返ると、男は




 それから時がたち、2020年の夏になったんだ。

 少年は中年になり、家族もでき、仕事にも付いた。

 ある日のこと、彼が公園のベンチで休んでいると

「うん?」

 彼は子供と遊んでいる男を見た気がした。

 眼をこすると、そこにはだれもいなかった。

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夏の魔物 今村広樹 @yono

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