エピソード 2ー6 望まぬ事態は唐突に

 翌日。今日は俺が定めた祭日で、ミューレの街は朝からちょっとしたお祭りのように賑わっている。そんな少し騒がしいお昼時。俺はアカネを誘って、足湯メイドカフェにやってきた。

 席はいつものVIPルーム。アカネとテーブルを挟んで向き合って足湯につかる。


「それでにーさん、うちをメイドカフェに呼び出すなんて、どういうつもりなん?」

「あぁ、アカネを呼び出したのは、いくつか話があったからだ。でもって、話し合いの場にここに指定したのは――」

 俺のセリフを遮るように、こんこんと扉がノックされる。


「どうぞ?」

「失礼いたします。ご注文はおきまりでしょうか、ご主人様――って、あれ? リオンお兄さんだっ! それにアカネお姉ちゃんも!」

 入室してきたイヌミミメイド――シロちゃんが、ぱぁーっと顔を輝かせる。


「……なるほど、バイトをしてるシロちゃんの様子を見に来たっちゅう訳やな」

「そんなところだ」

「わぁ、嬉しいな。リオンお兄さん、ボクの様子を見に来てくれたんだ」

 ふわふわのイヌミミや尻尾がパタパタと揺れている。

 凄くモフりたいけど……足湯メイドカフェ『アリス』は、店員へのおさわりを禁止している。なので俺は、断腸の思いで自分の衝動を抑え込んだ。


「それで、ご注文はなにですか?」

「ええっと……俺はパフェで、アカネは?」

「うちも同じのを」

「かしこまりました。それじゃ、しばらくお待ちください」

 シロちゃんはすまし顔でそう言って――やっぱりイヌミミと尻尾が揺れてたけど、それ以外はすました様子で退出していった。


「……取りあえず、上手くやってるみたいだな」

 俺はシロちゃんの後ろ姿を見送り、ほっと息をついた。

「もしかしてうちを呼んだのは、シロちゃんのことなん?」

「シロちゃんって言うか、イヌミミ族全体の話を聞こうと思ってな。それに、セルジオの様子も聞きたかったし、アリスのことでもちょっと相談があってな」

「ふぅん? ……取りあえず順番に聞こか」

「なら、まずはイヌミミ族のことだ。そっちではなにか問題が起きたりしてないか?」


 イヌミミ族の多くは開墾や土木建築の作業員として働き、子供はミューレ学園に通っている。だけど中には、商売や技術者になりたいという大人もいた。

 なので商売人を希望するイヌミミ族は、アカネ商会に預けているのだ。


「そうやねぇ……知識的には素人同然やけど、よう頑張ってると思うよ。中には大成する者も出てくるんとちゃうかなぁ」

「そっか、それは朗報だ。それで、人間とは上手くやってるか?」

「今のところは問題なさそうやね。外見もイヌミミや尻尾をのぞけば人間と同じやしね。最近はちらほらと、イヌミミ族の誰々がかっこいいとか、可愛い――なんて話も聞くよ」

 それを聞いた俺は、イヌミミ族と人間のカップルが生まれるかもなと考える。だけどアカネは「イヌミミ族の女は、人間の男にはあまり興味がないみたいやけどね」と付け加えた。


「ええっと……それはどうしてだ?」

「価値観の違いやよ。イヌミミ族の女は基本的に、強い男に惹かれるからね」

 あぁ……それはどうしようもないな。イヌミミ族は基本スペックからして人間を上回っている。強さ=魅力であるのなら、人間の男にあまり魅力は感じないだろう。


 でもまあ、その程度の価値観の違いなら、問題は起きたりしないだろう――と、このときの俺は思っていた。なのでその話は打ち切り、「セルジオはどうだ」と、話を変える。


「にーさんが紹介してくれた商人やね。彼はなかなかのやり手やよ。ゆくゆくは、うちで重役を任せても良いかもしれへんね」

「おぉ、アカネがそこまで言うほどか」

「そうやね。才能だけなら、うちの商会にも引けを取らへん子はおるけどね。騙し合いの世界で生き抜いてきた経験は大きいよ」

「それは……経験を積めばすむ話じゃないのか?」

「うちの商会に喧嘩を売るような者はほとんどおらへんからねぇ」

「あぁ……そういうことか」


 アカネ商会を敵に回すと言うことは、グランシェス家を敵に回すも等しい。アカネ商会で働いていて、詐欺やそれに準じるなにかを経験する機会は少ないのだろう。

 だけど、ほとんどないとは言え、皆無ではない。それに、ザッカニア帝国と取引を始めるのなら、詐欺に警戒する必要も出てくるだろう。


 重要な案件で騙されないためには、騙されても許される状況で経験を積むしかない。けれど、その経験を積む機会がない。

 だから、最初から対応できるセルジオが重宝すると、そういうことだろう。


「なんにしても、セルジオが役に立ってるのなら良かった」

 俺は好感を抱いているけど、個人的な感情だけで過剰な優遇をするわけにはいかない。商才があるかどうか心配だったんだけど……上手くやってくれてるのなら、俺も一安心だ。

「その点は心配いらへんよ。それで……最後にもってきたってことは、アリスさんのことがメインなんか?」

「まぁな。と言っても、そんな深刻な話じゃないぞ」

 深刻ではないけど、決して軽い議題でもない。なので、誤解を招かないようにと、先に予防線を張っておく。


「用件は二つだ。一つはアリスと協力して、ボーキサイトの精錬をして欲しいってこと」

「ボーキサイトって言うと……軽くてさびにくい金属の原料、やったか?」

「さすが、耳が早いな」

 ……と思ったけど、植林の管理はアカネ商会に任せている。そこのトップなら、さすがに知っていて当然だな。


「それで、協力って言うと、なにをすれば良いんや?」

「アカネは、俺に前世の記憶があるって知ってるだろ?」

「まぁね、おおよそは知ってるよ。それで?」

「あの鉱石がボーキサイトであることはほぼ間違いない。だから、アルミニウムが作れるはずなんだけど……精錬方法の詳細が分からないんだ」

「……つまり、その方法をアリスさんと一緒に探せと、そういうことか?」

「ああ。そしてこれは、アカネにしか頼めないことだ」


 ボーキサイトからアルミニウムを抽出したことのある者はこの世界にいない。だから当然、軽くてさびにくい金属を取り出せるなんて誰も知らない。

 それなのに、アルミニウムが取り出せるはずだから、その方法を調べてくれと下手な相手に頼むと、色々と勘ぐられることになる。

 そういう理由で、俺が転生者であることを知っているアカネが適任なのだ。


「そういう事情なら、もちろん引き受けるけど……方法はまるで分かってないんか?」

「いや、石鹸を作るのに使ってる苛性ソーダがあるだろ? 圧力と熱を加えたボーキサイトに、苛性ソーダを混ぜて溶かして……分離したどっちかを、電気分解する……はず」

「……なんやえらい適当やね」

「そう言うな。もうずっと昔のことだからな」

 なんとなく知っているということは、いつかどこかで習ったはずだけど、正直ほとんど覚えていない。他にも融剤とかが必要だったはずだけど、それも思い出せない。


「まあ普通はなにも知らへん状態からやしね。将来への投資や思って、研究してみるよ」

「そうしてくれ。無理はする必要はないけど、可能な範囲で急いでくれたら嬉しい」

「それはかまへんけど……なんでまた?」

「身体能力の差を埋めるのは、優秀な道具だからな」

「うん? ……あぁ、雇用問題への対策やね」

 身体能力に差があるのなら、優れた道具でカバーすれば良いという話である。

 もちろん、新しい道具はイヌミミ族も使うけど、力を必要としない道具などは、人間とイヌミミ族の差を多少なりとも埋めてくれるはずだ。


「そういうことなら、可能な限り急がせるよ」

「よろしく頼む。それで、もう一つの件だけど……いまから言うのは、そんなに深く考えないで欲しいんだけど……」

「そんな前置きをするなんて珍しいね。一体どんな話なん?」

「実は……寿命を延ばす方法を探してる」

 俺がそう言った瞬間、アカネを目を見開き――次いで、険しい表情を浮かべた。


「……にーさん、不老不死を求めて身を滅ぼした人間は数えきれへんほどおるけど、それを成し遂げた人間はおらへんよ。悪いこと言わへんからやめとき」

「分かってる。自分の生涯をかけて――とかそんな話じゃないから安心してくれ」

 アリスを悲しませないための手段の一つとして、もしあれば――程度の考えだ。だから悪魔と契約すれば――なんて話があったとしても乗るつもりはない。

 とは言え、世界樹の葉なんて代物も存在しているくらいだしな。寿命を延ばす手段があっても不思議ではないとも思ってる。


「ようするに、うわさ話を集めて欲しいって話なんか?」

「そうだな、取りあえずはそんなところだ」

「……しゃあないなぁ。それくらいやったら調べてもかまへんよ。ただし、危ないと思ったら、全力で止めるからな?」

「当然だな。何度も言うけど、ダメで元々のつもりだから。一応程度で頼む」

「しゃあないなぁ。それじゃ、うちに任せとき。……それで、議題は以上か?」

「今のところはそれくらいかな。と言うか……パフェ遅くないか?」

 別に急かすつもりはないんだけど、VIPルームのオーダーは最優先で処理される。

 普通ならもう届いていても良いはずなんだけど――と思ったそのとき、いきなりシロちゃんが部屋に飛び込んできた。


「おいおい、ノックもしないで、メイドがそういうことしちゃ――」

 ダメだぞと言うセリフは飲み込んだ。シロちゃんのイヌミミが、なにかに恐怖するかのようにぺたんと伏せていたからだ。

「……なにがあったんだ?」

「イヌミミ族がっ、イヌミミ族が人間を、襲った……って」

 もたらされたのは、俺の予想を遙かに上回る事態だった。

 

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