エピソード 3ー4 予定が狂う予定

 それから数日。今までに迷惑を掛けた選択科目を全て巡って謝った結果、リズは皆に許して貰うことが出来た。


 ……すまん。半分は嘘だ。

 全員に謝ったのは本当。そしてその全員に、もう気にしてないって趣旨の言葉を貰えたのも本当。だけど――

 それは各選択科目の教師――例えばリアナとかミリィとかミシェルとかアイシャが、それとなく取りなしてくれたから。

 貴族相手に波風を立てないようにとの意識が働いて、これ以上迷惑を掛けないのなら、過去は水に流すと言っているだけだ。

 これから一緒に頑張ろうね――などという雰囲気では断じてない。


 まぁそりゃそうだよな。リズに悪気があろうとなかろうと、失敗しまくって迷惑を掛けまくりだった事実は変わらないんだから。


 ――と、言う訳で、だ。

「助けてクレアねぇ!」

 執務室を訪れた俺は出し抜けにそんなことを言う。俺の目の前には、キョトンとした顔のティナがいた。

「……リオン様?」

「な、なんでもない。いまのは……ええっと、忘れてくれ」

「は、はあ……別に構いませんけど、クレア様にご用ですか?」

「そうだけど……いないのか?」

「クレア様なら、十日ほど前に出かけたまま、まだ帰ってきてませんが……ご存じなかったんですか?」

「え? あぁ……そう言えば、仕事で出かけるとか言ってたな」

 と言うか、言われてみればあれから顔を見てないな。リズの件でバタバタしてたから気付かなかった。


「クレア様にどんなご用だったんですか?」

 ティナが小首をかしげる。と言うか、ティナはクレアねぇが不在の間、執務代行を任されているらしい。

 領地の管理をする若干十五歳のメイド……いや、今更か。


「リオン様?」

「ん? ……あぁ悪い。実は少し困っててさ。なにか良い案はないかと思ってクレアねぇを尋ねたんだけど、留守ならしょうがない。また来るよ」

 ティナも根をつめすぎないようになと言い残して身を翻す。だけど立ち去ろうとした時、袖を引かれて足を止めた。


「……ティナ?」

 どうしたんだと振り返ると、ティナは自分の行動に驚いたようにパッと手を放す。そうして首を振り、黒髪を振り乱した。


「あああっ、今のはそのっ、ち、違うんです! せっかく顔を出したんだから、もう少しお話――じゃなくて! えっと……そうっ、困ってるなら相談に乗りますよ!?」

「ふむ……だったら、ちょっとお願いしようかな?」

「お任せ下さい、まずは紅茶を淹れてきますね!」

 え、メイドに頼めば良いんじゃないのか? と言う暇もなく、ティナは執務室を飛び出してしまった。


 それから程なく、俺はティナが焼いたというクッキーをほおばっていた。

「……これ、今焼いたんじゃないよな?」

 待たされたのは十分やそこら。アリスじゃあるまいし、紅茶を淹れるのがせいぜい、クッキーを焼く時間なんてなかったはずだ。

「実は、毎日クッキーを焼く練習をしてたんです。だから、それも本当は練習に作ったので、申し訳ないんですけど……」

「そうなのか? まあ、美味しいから大丈夫だよ」

 俺が怒るとでも思ったんだろうか? 少し不安げだったティアナは、俺の言葉を聞いてぱぁっと顔を輝かせた。


「それで、えっと……リオン様の悩みというのはなんでしょう?」

 お菓子で一息ついた後、タイミングを見計らったようにティナが尋ねきた。

「あぁそうだった。実はリズのことなんだけどさ――」

 と、俺はリズの陥ってる状況について話す。

「――なるほど、リズさんの信用回復の方法ですか」

「ああ。出来れば行動で示したいんだけど、手伝うって言っても、『いえ、もう気にしてないので結構です』って感じでさ」

 まぁ相手の気持ちも判る。リズがドジっ娘なのは周知の事実だし、お詫びの気持ちで失敗されまくったらたまったものじゃないもんなぁ。

 オブラートにはくるんでたけど、邪魔だから手伝わないで欲しいってのが本音だろう。


「……そうですねぇ。一つ良い提案があります」

「お、どんなのだ?」

 クレアねぇの提案なら、ほぼ間違いなく役に立つ。そのクレアねぇの代理を務めるティナの提案がどんなのか、ちょっと期待しちゃうぞ?


「森での実習をする時に、騎士が護衛についているのはご存じですか?」

「あぁ、たまに魔物が出るんだっけ?」

 魔物と言っても、オオカミの延長みたいなものらしいけどな。ちなみに、残念ながらあんまり美味しくないらしい。

「まあ滅多に出ないんですけどね。お預かりしてる生徒に万が一があってはいけませんから、学園の生徒が実習に出る時は、必ず騎士を護衛に付けているんです」

「それは判るけど……?」

 それがどうしたのかと続きを促す。


「次の実習時、ちょうど騎士の都合がつかなくなる予定なんです。良ければ、リオン様とリズ様で護衛を引き受けてくれませんか?」

 ……護衛? リズに? 護衛を? ……………リズに?

「残念だけど、リズはドジっ娘だ。それも色んな意味で国家レベルの」

「そうなんですか? 私の持つ資料によると、護身術の腕は一流とありますが?」

「………………………嘘だろ?」

「いえ、事実だと思いますよ?」

「…………う、うぅん? じゃあその護身術って言うのは、ホーンラビットに襲われた時に、真っ先に誰かに助けを呼ぶ技術とか、そう言う……?」

「いえ、普通に暴漢とかに襲われた時の技術ですよ。と言うか、ホーンラビットなんて、子供でも勝てますよ……ね?」

 ……子供でも、ねぇ? なんか、リズは負けそうな気がするんだが。


「あっ、もしかしてティナの言うリズって、リーゼロッテ・フォン・リゼルヘイムとは別人なんじゃないか?」

「間違いなく、リーゼロッテ・フォン・リゼルヘイム姫。王位継承権十二位の、この国のお姫様の話ですけど……そんなに――あれ、なんですか?」

「うぅむ……」

 ……ホントにホントなのか?


 まあ、な? 力が弱くても、相手の力を利用する柔術があるように、例えドジっ娘でも、相手の強さを利用する護身術が……あるのか?

 ……ま、まぁホントにリズが強いのなら、ギャップ補正も加わって、みんなの印象を払拭するのも可能かもしれない。

 それに名目がなんであれ、みんなと一緒に行動すれば、お手伝いとかなんとか理由をつけて参加することもできるだろう。

 とは言え、姫様に護衛をさせるなんて普通なら大問題だからな。まずはその辺も込みで、リズに確認してみようかな?

 でもその前に――


「ホントに魔物が出たらどうするんだ?」

「……え、リオン様が蹴散らすんですよね?」

「いやいや。俺もようやく精霊魔術を使えるようになってきたけど、実戦経験なんてないに等しいし、魔物は見たこともない。不測の事態に対応出来るかは判らないぞ?」

 子供が護衛をして、もしなにかあれば一大事になるって言うのはもちろん、俺達の都合で生徒に怪我をさせるような事態だけは避けたい。


「そうですね……ではこうしましょう。護衛の実習と言うことで、エルザさんを責任者に、騎士を二名ほど付けましょう。さらには護衛対象を服飾の班にすれば、アリスさんも同行するので万が一もなくなるでしょう」

「それなら安心だけど……騎士の都合がつかないって言ってなかったか?」

 騎士が忙しいから、俺達が代わりにと言う話だったはずなのに、なんで騎士、それも騎士隊長のエルザが出てくるんだよと首をかしげる。


「リオン様、私は騎士の都合がつかなくなる予定だって言ったんです。クレア様のスケジュール管理は完璧なので、余程の事件でもなければ問題は発生しません」

「………………ええっと。それはつまり、予定がつかなくなるんじゃなくて、予定をつかなくするって言うんじゃ……?」

 俺の問いかけに、ティナは透明感のある微笑みを浮かべた。

 ――怖いよ!


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