エピソード 2ー2 アリスチート

 内政を始めてから四ヶ月が過ぎ――初夏。

 俺は街を建設中のミューレ平原を訪れていた。ちなみに街の名前は、そのままミューレの街として登録予定である。

 そんなミューレの街の中心。嘘のような話だけど、校舎や俺達が住む屋敷は既に外観が完成している。


 いくら内政チートをしているとは言え、まだまだ技術レベルの低いこの世界、普通は四ヶ月やそこらで大きな建物が外観だけとはいえ完成したりしない。

 だけど事実として、目の前には半分以上完成した校舎と屋敷が建ち並んでいる。それが可能になったのは、内政チート――ではなくアリスが原因だ。


 アリスが精霊にお願いすると、木材が板にカットされたり、基礎工事がさくっと終わったり、地面がせり上がって材料を高い所に運んだりと好き放題である。

 職人にまわす仕事はいくらでもあるから大丈夫だけど……

 なんというか、内政チートよりもアリス単体の方がずっとチートな気がする。なので最近は、アリスのぶっ壊れ性能でなんとかなった時はアリスチートと呼んでいる。


 チートと言うと聞こえが悪いけど、その有用性は疑いようもない。と言う訳で、俺はアリスチートを活用しまくった。

 そして今回のアリスチートの成果は温泉だ。近くに山があったので、源泉を探し当てて街に温泉を引いて貰ったのだ。


 大衆浴場が男女それぞれ一つ。そして屋敷にはお風呂と足湯をそれぞれ用意した。部屋で足湯に浸かりながら作業が出来るという夢のような空間である。

 と言う訳で、俺は制作中の足湯に浸かってくつろいでいた。


「ふぅ……この足湯に浸かって余生を送るのも良いかもしれないなぁ」

「リオン、休んでないで、次の作業場所に行くよぉ?」

 床に使う板の切り出しを終えたアリスが俺の頬を突っつく。

 いや、突っつかれたと思ったけど、アリスは俺の側に居ない。感覚共有を使ってるのだろう。アリスは自分の頬を突っついていた。

 可愛いっちゃ可愛いけど、自分の頬を突っついてる姿はなんか奇妙だぞ?


「ほらほら、来ないといつまででも突っついちゃうぞ?」

「むぅ……もう少しくらい休ませてくれても良いと思うんだけどなぁ。と言うか、アリスも少し休んだらどうだ?」

 朝は企画書を制作し、昼は街造りの監督。そして夜はミリィ達に知識の伝授と、俺達はこの四ヶ月ずっと働き詰めだ。

 丸一日なんて贅沢は言わないけど、足湯で少しのんびりするくらいは許されると思う。


「もぅ、しょうがないなぁ」

 アリスは靴を脱ぐと、スカートの裾を少しまくって白い太ももをあらわに、俺の向かいへと腰を下ろした。そうして長くしなやかな足をそっと足湯へと浸ける。

「ふふっ、あったかーい」

「しょうがないとか言いつつ嬉しそうだな?」

「そりゃね? 私だって少しくらいは休みたいもん。精霊魔術って疲れるんだよ? 今は頑張ってるけど、いつまでもは続かないからね?」

「まぁそうだろうなぁ」

 精霊魔術は大気中の魔力素子(マナ)を魔力に変換するので、魔力切れは起きない。その代わり、変換に気力を使うので疲れるのだ。

 もちろん、過剰に魔力変換を続ければ疲労で気絶する。

 そして、アリスの作業量を考えたら、普通は疲れる程度じゃ済まない。俺も精霊魔術の訓練は続けてるけど、まず間違いなく気絶するだろう。


「それにしても、少しずつ街を作ってるって感じがしてきたね」

「そうだなぁ」

 俺は窓の外の景色を眺める。

 校舎と屋敷の他にも、学生寮なんかも現在急ピッチで建設中。まだ規模的に言えば村にも満たないけど、この調子でいけば、来年の春には学生が生活するのに最低限の機能は持たせられそうだ。


「そろそろ学校の制服も作るかな」

 俺はかねてより考えていた計画を口にした。

「……え? 制服を作るの? 別に私服で良いんじゃない?」

「なにを言うんだよ。俺達が作る学校の卒業生は、これからこの世界を変えていくんだぞ。その地位を確固たるモノにする為にも、制服というシンボルは必要だろ」

「つまり、女の子の制服姿が見たいと?」

「…………」

 思わずそっぽを向いて、作りかけの窓から見える外の景色を眺める。

「ふふっ、リオンもすっかり男の子だねぇ」

 ぐはっ。いくら今はアリスの方が年上とは言え、前世の妹だったアリスにそんな風に言われるとなにげにショックだ。と言うか恥ずかしい。


「だ、だってさ、この世界の普段着は野暮ったいのばっかりだろ? だから制服を広めて、ファッションにも革命を起こそうと思ったんだよ」

 一応ドレスやメイド服なんてモノは存在するけど、平民が着てるような服は、布に穴を開けて被ってヒモで結ぶようなレベルで、靴はスリッパに毛が生えたレベルだ。

 いや、さすがにそれは言いすぎだけど、日本での記憶がある俺からするとそれくらい酷く感じるのは事実。


「それなら、別に制服じゃなくても良いんじゃない?」

「俺が制服を作ろうって言ったのはアリスの為だよ」

「……私?」

「そうだよ。学校の可愛い制服、着てみたいって言ってただろ」

 紗弥が通っていた小学校は私服で、中学校に上がる前に入院したので、紗弥は制服を着たことがないのだ。


「……もしかして、覚えててくれたの?」

「忘れるはずないだろ?」

「そう、なんだ……ありがとう、リオン。凄く嬉しいよ――って言いたいところだけど、私は‘可愛い制服’とは言ってないと思うよ? そこはリオンの願望だよね?」

「そ、そんなことはないと思うぞ?」

「ふぅん……なら、別にズボンでも良いよね?」

「ばっ、ふざけんなっ! 女子の制服と言えばスカートに決まってる――は!?」

 騙るに落ちるとはこのことだ。アリスの微笑ましいモノを見るような視線が逆に痛い。


「まあスカートが多いのは事実だけどね。私達が作る学校では、農業の実地とかがあるんだよ? スカートで作業なんて出来ないよ」

「むぅ……なら、ジャージも作るとか」

「一日に何回も着替えろって言うの? みんなめんどくさくなって、スカートの下にジャージをはきっぱなしになるんじゃないかな。それでも良い?」

「良くない、全然良くない。……じゃあ、ローブを作るのはどうだ? それで外に行く時はローブを羽織るようにするとか」

「そう、だねぇ……それならギリギリ及第点かな?」

「ぎりぎりってことは、まだ細かい問題があるのか?」

 あれこれ問題を挙げるのは、アリスが乗り気じゃないから。と思ったのだけど……


「夏場はどうするか、とかね。でもまぁ良いよ。紋様魔術を刻んで、温度調整とかが出来るようにするから」

 返ってきたのは問題だけじゃなく、それに対する対策も込みだった。

 しかも、

「デザインだけど――背中がコルセット風にリボンで絞るタイプのブラウスに、赤と黒のチェック柄のプリーツスカートとニーハイソックス。太ももにリボンのワンポイントあり。そして靴は編み上げブーツって感じで良いかな?」

 いきなり具体的な提案がなされた。


「……なぁアリス。実はむちゃくちゃ乗り気じゃないか? と言うか、俺が言うまでもなく計画してなかったか?」

「やだなぁ、そんはなずないよ。あ、ちなみに生地は男子がカシミヤドスキン、女子はサージ織りにするつもりだけど良いよね?」

「絶対計画してたよな!?」

「だから、そんなはずないってば。ちなみに糸の原材料はいくつか手配済みだよ。一気に全員分は無理だけど、少しずつ高級な生地の制服も生産予定だからね」

「既に計画が進んでるじゃねぇか、ありがとう!」

「だから気のせいだって、どういたしまして」

 とまぁそんな感じで、学校の制服は決定した。ちなみに、男子の制服は執事風のデザインらしい。今考えたって言ってたけど絶対に嘘だ。

 と言うか、休憩してなかった気はするけど、楽しかったからよしとしよう。

 

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