エピソード 4ー7 願いの代償

 

 剣を構えたアリスとレジスが無言で向き合っている。見ているだけで息がつまりそうな状況、最初に動いたのはレジスだった。

「――っ!?」

 レジスの輪郭がぶれたと思った瞬間、彼はアリスに躍り掛かっていた。

 俺の時は手加減をしていたのだろう。剣を引き抜きざまに薙ぎ払い、返す刀で斜めに切り上げる。息もつかせぬ連続攻撃を繰り出していく。

 アリスはそれを紙一重で回避、または剣で受け流して捌き続ける。


「さすがに、速い、ねっ!」

「貴方は奇妙な魔術を使いますな!」

 二人のやりとりを見て気付く。アリスが攻撃を捌く度に、微量の魔力がアリスの周囲を舞っている。あれは……精霊魔術で攻撃を逸らしてるのか?


「わたくしの本気をここまで凌ぐとはっ――素晴らしい! ですがっ、護っているだけでは、勝てません、ぞ!」

 袈裟懸けに剣を振るい、素早く体を反転。横薙ぎに剣を振るう。先ほどとは打って変わって、レジスは流れるような連続攻撃を放つ。


「さぁさぁ、どうしました!? 護ってるだけですか――っ!」

「――それはどうっ、かな!」

 アリスはレジスの連続攻撃をかいくぐり、その懐へと飛び込んだ。――刹那、アリスの死角から、レジスの左拳が放たれる。

 それを見た瞬間、それこそが俺がやられたカウンターの正体だと理解した。

「――アリス!」

 間に合わないと識りながらも、とっさに声を上げる。それとほぼ同時、レジスの拳がアリスの脇腹へと突き刺さった。

 そして――


「ぐっ、なにが――っ」

 呻き声と共に後ずさったのはレジスだった。見れば、レジスの拳からは血が流れ、その腕は浅く切り裂かれている。

「剣は受け流すのが精一杯だけどね。生身にならカウンターくらい入れられるんだよ?」

「こちらの攻撃を読んでいたというのですか?」

「リオンに使ったのを見てたからね。同じ状況を作れば、使ってくると思ってたよ」

「してやられた、と言う訳ですな。しかし、今ので仕留めきれなかったのは失敗だったのではないですか? もう、同じミスはいたしませんぞ」

 レジスはそう言って剣を構える。その様子にダメージは窺えない。左腕も問題なく使えるようだ。

 ――にもかかわらず、アリスは微かに笑みを浮かべた。


「うぅん、もう終わりだよ」

「なにを――っ」

 レジスがアリスを見て絶句した。当然だ。アリスから精霊魔術の手ほどきをされた俺ですら声が出ない。

 ――アリスはその身に、淡く輝く光の粒子を纏っていた。普通では――少なくとも俺には想像すら出来ない魔力量。


「意味も無く、貴方の話に付き合ってた訳じゃないんだよ?」

「ばっ、化け物ですかっ!?」

 レジスがたじろぐように、一歩、二歩と後ずさる。けれどアリスは構わず、ゆっくりとその右腕を振り上げた。


 そして――

「……精霊達よ」

 アリスの囁きに、複数の精霊が答えた。まばゆい光りがレジスの目を眩ませ、炎を纏った風の刃が切り裂きながらその傷を焼いていく。

 抵抗がバカらしくなるような絶大な力。それでもレジスは必死に攻撃を回避。あるいは剣で防ごうとするが、圧倒的な暴力を前に為す術もなくダメージを蓄積させていく。

 そうして勝負がついたと思われた瞬間、

「――そこまでです!」

 不意に響いたのは女性の声。視線を向ければ、部屋の入り口にカルロスの妻であるエリーゼが姿を現した。彼女は、一人の少女を拘束している。


「クレアねぇ!」

 探し求めていたクレアねぇを見つけ、俺は力を振り絞って立ち上がった。

「……弟、くん? どうしてここにっ!? うぅん、それより怪我してるの!?」

「見た目ほど酷くないよ。それより、クレアねぇは大丈夫なのか?」

「あたしは……うん。監禁はされてたけど、手荒なまねはされてないわ」

「そう、か。よかった……」

「感動の再会はそれくらいにして貰いましょう。大切な姉を殺されたくなければ、大人しく私達に従いなさい」

 俺達の再会に水を差すように、エリーゼがクレアねぇにナイフを突きつける。


「弟くん、彼女の言う事を聞いちゃダメよ!」

「黙りなさい! その整った顔を傷つけられたくなければ黙っていなさい!」

 エリーゼがナイフをクレアねぇの顔に近づける。それを見た瞬間、俺とアリスは動けなくなってしまった。


「レジス、まだ動けますね?」

「――はっ、問題在りません」

 忠臣と言うべきなのだろう。レジスは全身が傷だらけで、ふらふらになりながらも毅然と立ち上がった。そんなレジスに向かって、エリーゼは淡々と継げる。

「ならば、今のうちにあのエルフを叩きのめしなさい」

「それはっ、エリーゼ様」

「レジス、聞こえなかったのですか?」

「……かしこまりました」

 最初は渋っていたレジスだが、覚悟を決めたかのようにアリスへと向き直る。そうして一呼吸で距離をつめると、無抵抗なアリスの腹に拳を打ち込んだ。

 手加減のない全力の一撃だったのだろう。アリスはくぐもった呻き声と共に、俺の側まで吹き飛んできた。


「――アリス、大丈夫か!?」

 いまだに痛む体にむち打って、倒れ伏すアリスの体を抱き起こす。

「ごほっ……ぐっ、ごめ、ん。大丈夫、とは、言え、ない……」

 横隔膜を打たれたのだろう。アリスは呼吸困難に陥っていて、暫くはまともに動けそうにない。このままじゃまずいと、俺はクレアねぇに視線を移す。

 クレアねぇは手を縛られた上で、背後からエリーゼにナイフを突きつけられている。

 相手も非力な女性とは言え体格差がある。戦うすべのないクレアねぇが自力で逃げ出すのは難しいだろう。つまり、俺がなんとかするしかないのだけど……


 どうする? エリーゼを魔術で倒してクレアねぇを逃がすか?

 いや、ダメだな。俺の腕じゃクレアねぇに当たる可能性がある。それに一撃で倒せなかったら、クレアねぇが殺されるかも知れない。

 そして例え一撃で倒せたとしても、目の前にはレジスが残っている。負傷しているとはいえ、エリーゼのカバーに入られたらどうにもならない。


「さて、そろそろ諦めはつきましたかな?」

「く……」

「弟くん、あたしのことは気にしなくて良いから!」

「黙りなさいと言ってるでしょう!」

 エリーゼがナイフを押しつけ、クレアねぇの頬を浅く切り裂いた。それを見た俺は、心臓を鷲掴みにされるような恐怖を抱く。

 だけど、

「――弟くん、アリスを連れて逃げなさい!」

「このっ、まだ言いますか!」

 エリーゼがヒステリックに叫び、ナイフを振り上げ――

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 振り下ろされたナイフは、クレアねぇの鼻先で止まった。

 あ、あぶねぇ。今の絶対刺すつもりだっただろ。後先考えず刺そうとするエリーゼもエリーゼだけど、クレアねぇも無茶が過ぎる。


「クレアねぇ、頼むから大人しくしててくれ!」

「でもっ、弟くんは幸せになりたいんでしょ! だったら、この人達の言いなりになんて成っちゃダメよ!」

「――クレアねぇ!」

 声を荒げてクレアねぇの言葉を遮る。


 自由に生きて、幸せになる。それは紗弥が託した最期の願いだったけど、今では俺自身の願いでもある。

 だけど……

 大切な人に誤解させて、悲しませて、言い訳すらさせて貰えずに死に別れる。あんな思いはもう二度としたくない。


「俺にとっての最悪は、自由を奪われる事じゃない。大切な人を失う事なんだ。だから、大人しくしててくれ」

「だけどっ!」

「……大丈夫だよ、クレアねぇ。みんな一緒なら、そんなに不幸じゃないさ」

 俺に対して有効な人質である限り、クレアねぇもアリスも酷い扱いは受けないだろう。そして俺が結果を出せば、そこまで悪い待遇には成らないはずだ。

 大切な人達を殺したこいつらは憎いけど、そこにさえ目を瞑れば、そこそこ幸せな環境を手に入れられるはずだ。

「弟くん……ごめっ、ごめんなさい。あたしのせいで。うくっ……ううぅ」

 クレアねぇはぼろぼろと涙をこぼして崩れ落ちた。


「話が纏まったのなら、まずは武器を置いて投降して貰おうか」

 カルロスは自分の勝利を確信したのだろう。その顔には嫌らしい笑みが浮かんでいる。

「クレアねぇとアリスの安全は保証してくれるんだろうな?」

「キミが俺達に従えばな」

「…………判った」

 悔しいけど、今はカルロスに服従して機会をうかがうしかない……と、そんな風に諦め掛けたその時――彼女が目覚めた。

 

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