瀬戸 鈴の場合

1話

 私の世界はとても狭くて、暗くて、怖い。


 小学生の頃はただ静かにしていれば良かった。なのに、狭山中学校に入って二年、私はただ黙っているだけでも鬱陶しい存在になったらしく、存在すること自体が駄目なのだから駄目だと言われる。

 自分の身の周りに起きている事柄を誰かに言えば楽になるかもしれないと言う希望がありながらも、どこかで誰かに言ってはいけないと言う思いがあり口を開くことはしない。

 それに、私が誰かにいうことで今のこの状況がさらに酷くなるかもしれないと言う予感があった。

 

 都合の良い生徒であり、都合のいい友人、都合のいいスケープゴート。


 それが今の私、瀬戸鈴という存在。


 私には両親は居ない。居るのは母親だけ。

 私を育ててくれているお母さん。

 仕事が一番なのは分かっていた。だから、わがままは言わない。

 だからお母さんは間違ってしまっている。

「鈴は本当に良い子ね。自慢の娘よ」

 自慢の娘、その言葉は一体どうやってアナタの中にとどまっているのだろうか。

 お母さんは間違っている。

 良い子を演じている私にも限界はある、それをアナタは分かっていない。

 良い子の隠れ蓑は常に「私」を隠す。


 先生は隠れている私を決してみようとはしない。

 どんな事を言われてもその通り言いつけを守る優等生。それは私じゃない。

「やっぱりクラス委員ね、助かるわ。皆も貴女を見習って欲しいわ」

 名前も覚えてもらえてない優等生のクラス委員。

 委員なんて存在は本人以外の人達の便利なアイテムに過ぎない。

 そして教師にとっては使い易く扱い易い生徒。先生は「私」を知らない。


 私は私を知っている。だから誰にも逆らわず、言われるままにただ頷いておけばいいとわかっていた。

「さすが良い子ちゃん。当然、貸してくれるよね」

 強引に、奪い取られることも反発すること無く頷いておけばそれでいい。

 友人とは、友達とは。

 どのような状態でどのような関係を良い、またどの一線からそれは友人という枠をなくすのだろう。

 そのボーダーラインは徐々にぼやけ、私自身「友」という言葉のその意味すら分からなくなっていた。

 そう、全てが麻痺している。

 麻痺していたからこそ、全てに私は黙った。その先にひどく悲惨な現実が待ち受けていると知らずに。

「キモい、ウザい、ムカつく。生きる価値なしなんだからさぁ、さっさと自殺でも何でもして死んでくれない?」

 甲高い、悪魔のような笑いがこだまする。

 制服が濡れていない、椅子があり机がある、教科書も鞄も全て自分の身の周りに存在している、そんな当たり前が目の前から消えた時、私はゆっくりと瞼を閉じてあらわれた暗闇だけを見つめた。

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