うつむき、先ほどの威勢は何処へ行ったのかと思うほどに小さく縮こまった女にマスターは優しい声色で語る。

「貴女は女性です。女性は女性、男性ではありません。たとえ女性と見まごう程の男性がいたとしても、根本的な資質は男性。美しい元男性の方でも女より力は強く、女よりも女らしい、女性以上の女性になってしまう。そう、ある意味、男性は女性にはなりえない。だから、貴女は女性なのです。その部分をお忘れでは無いですか?」

「そんな事、言われなくても分かっている」

 マスターの言葉にまだ顔を赤らめながらもはっきりと分かっていると言った女に、マスターはじっとりとした視線を向けて「本当に? 」とよくよく確かめる様に低く粘り気のある言い方をした。

 女はその声色に胸の奥に苛立ちが生まれながら答える。

「女と男は違う。それはわかっているわ。嫌というほど経験してきたもの」

「そうでしょうか?」

「本当に分かっているのよ。世間は、男女平等なんて口では言っているけど、男は結局女を、女のくせにって言うし、女となんて仕事ができるか、なんてことまで言われるのよ。男と女が違うとわかっているからこそ、世間の男女平等っていう言葉がどれだけ不平等か分かるのよ」

 女は静かに、けれども苛立ちを含めてそう言い切り、それを聞いたマスターは眉を上げて大きな息を吐き、やれやれと言った風に女に視線を送った。

「なるほど、そういう意味で分かってらっしゃるんですね。しかし、男女平等とは、何処まで平等であらなければならないのでしょうね」

「それは、全てでしょ?」

「先ほども言いました通り、男と女は本当に根本が違うのですよ? 全てにおいて何もかも平等で本当に女性は、そして男性はそれでやっていけるでしょうか? 非常に重たい荷物を運べと言われて、男女平等、男も女も関係ないって言われたらどうするんです?」

 マスターは試すような物言いをしていたが女はそれには気付かず、論点を再びずらされているような気がして機嫌悪く反論する。

「私が言ってるのはそういうことじゃないわ。ただ、男は自分のことを棚にあげて女を馬鹿にしすぎだって言っているのよ」

「そうですか。そういう事ではないと。では、そんな貴女は男を馬鹿にしていないと?」

 女は返事に困った。 「自分のことを棚にあげて」といった手前、馬鹿になどしていないと言い切れなかったからだ。

 マスターはどう答えたものかと戸惑っている女の様子を見透かしたように更に続ける。

「自分もやっている事で他人を批判する。貴女は自分勝手な方ですね」

 片方の口角を上げて、嘲るような笑みを浮かべて言うマスターに女は戸惑いながらも苛立ちが先行してカウンターを掌で叩いて大きな音をたてて声を荒げた。

「なんですって! 貴方にそんな事言われる筋合いは無いわ!」

 初めて入った店の、店員と客という関係であるはずのマスターに好きなように言われ、女は再び威勢を取り戻す。

 マスターの言うことは正しい、女はそれを理解した。だからこそ苛立ちが湧き上がってくる。

「筋合いが無い?」

 笑みを浮かべていた口角を下げ、半開きの鋭い視線を女の方に流しながら低く言ったマスターの言葉に、女は苛立ちがありながらも言葉が詰まった。

 マスターは手を上げているわけでも何でもなく、ただ視線を流してそう言っただけであるのに、妙な威圧感があたりを包んでいて女はたじろぐ。

「ふむ、では視点を変えましょう。貴女から見て私は女性でしょうか、それとも男性でしょうか?」

 未だ苛立ちは抱えている女が少々静かになったのを見計らって、マスターは瞳を閉じ、女に向き直って笑顔を見せる。

 目の前でころころと変わっていくマスターの態度に女は身構えるように聞いた。

「急に何?」

「お答えください」

 女の態度に半ば強引に答えを求めるマスター。女は上から下までマスターを眺めて恐る恐る答えを言う。

「だ、男性に見えるけど」

「そうですか。では、私も貴方に批判を受ける筋合いはありませんね」

 女が応えるとマスターはそう言って顔をふいっと女が居る方向とは別の方向に向けて言い放ち、女はただただその様子に唖然とした。

「え? 何を言っているの? 私、貴方を批判なんてしてないわ」

「そうでしょうか?」

 マスターは窃笑。

 体の正面を女に向けて近づき、席に座る女を見下ろした。見上げれば威圧的なマスターの笑顔があり、女はごくりと唾を飲み込む。

「貴女から見た私は男。女の貴女に男はと一括りにされる覚えはありません」

「一括りって。そんなつもりじゃ」

 女は迫力に負けそうになりながらも自分はそんなつもりでは無かったと言う釈明を述べようとしたが、マスターの眼光の鋭さに途中で口籠り、さらにマスターは女言葉を遮った。

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