「僕」という「人間」

御手洗孝

第1話

 僕には、何もない。

 僕という「やつ」は居るが、僕という「もの」がない。

 1年は365日であり、1日は24時間。

 時には長く、時には短く。

 一日の長さを時間ではなく感情で測ればその時々で違う。でもだからといってそう感じたことに何かあるというわけではない。ただなんとなく同じようで少しだけ違う毎日が過ぎていくだけ。

 学校が楽しくないと言い切れるほどでもなく、世の中というのはこんなもんだと割り切れるような僕ではないことはよくわかっている。

 このごろはため息ばかりだ。友人の前ではため息を飲み込み、顔に笑顔をうかべるがそれももう限界かも知れない。

「ほら、またため息ついた。どうかしたのか? 敦巳」

 そういって、椅子の背もたれを抱え込むように後ろの席の僕に向かって声をかけてきたのは、僕のことなら何でも知って分かっていると言っていい幼馴染であり腐れ縁の知哉。

 生まれた年が同じであり、生まれた月も一ヶ月違い。さらに家が隣同士。

 小中学校では当然のことながら同じ学校で同じ学年。そしてなぜか知哉は、高校まで同じ高校を選んできた。これで男でなく女であったなら、どこぞのライトノベルやアニメ、漫画のような現実離れしているけれど憧れてしまう例の展開があったかもしれないし、無かったとしてもそれはそれで楽しかったかもしれない。

 男同士でも楽しさはあっただろうが、僕はこの「知哉」という人物が幼馴染の腐れ縁であることが酷く苦痛であった。

 知哉は常に成績優秀。だからといって勉強ばかりの融通の利かないやつではなく、スポーツもこなし、人当たりもよく人気者。

 「天は二物を与えず」なんて言葉があるが、こと知哉にいたってはその言葉は当てはまらない。

 小学校低学年のときまではそれほど思っていなかったが、小学4年生ぐらいになれば知哉は僕に常に劣等感を与える存在となっていた。

 さらに言えば知哉の母親は美魔女などと言われて近所でも、そしてテレビの世界でも年相応に見えない若々しく美しい女性として話題を集めている。

 引き換え、僕の母親といえば、年相応よりも老けて見える上に太っているし、女性らしさなんてものはかけらも見当たらない。ダイエットに興味がないわけではないようだが、サプリメントやダイエット食品を買っては捨てるの繰り返し。結局食べることもやめられず運動もしない体がやせることはなく、しかも母親にそれを指摘すれば、

「あら、グラマラスボディでしょ」

 と、妙なことを言ってのけるのだ。

 母の妙なポジティブに僕はついていけない。

 劣等感、敗北感の塊のような僕にとって、知哉は成績優秀運動神経もよくて性格も良い、その母親も若々しくとても優しげで非の打ち所などまったく見当たらない。

 本当に相手にしたくない「相手」だ。

 とにかく人気者であり友人だって僕よりはずっと多いはずの知哉。

 覇気の無い態度をとり続ける僕などほうっておけばいいのに、知哉は必ず僕の近くになぜか居た。そして、誰よりも真っ先に僕の異変に気付くのだ。

「別に、なんでもないよ。少し疲れているだけだ」

 知哉の質問に無難な答えを返した僕は「ちょっとトイレ」と席を立った。「俺も」と知哉が言い出さないことを祈りながら立てば知哉はそれが分かったかのように手を振り、ふいっと顔をそらす。

 言い出さないことを祈っておきながら、そういう態度をとられるとまたなんだかもやもやとした苛立ちのようなものがこみ上げて、そんな自分勝手で自分は本当に駄目な奴だと自分で理解すれば、そんな自分に腹が立った。

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