ゲキジョウ
御手洗孝
第1話
人は皆、物語の中にある。しかしそれが物語であり、自らが主人公であると気づく者は少ない。
入り乱れ、交錯し、交差する物語。その中で交わることが出来るのは、ほんのわずかなのかもしれない。
生い茂る草木が切り開かれ、土の道が出来上がる。
人々が増え、土の道は石の道へ。
ただの集落が村へ、そして町へ変貌していく中、線路が通り、自動車と言う騒がしい物が忙しなく行き来する時代がやってきた。
どの時代になろうとも、人が集まり始めた、その最初から、其れはずっとそこに存在し、ずっと見つめてきた。
其れは不思議な場所。
それぞれの人生がそれぞれに交差しながらも、皆が他人によって紡がれた一つの物語を観覧する場所。
わずかな刻の中で喜怒哀楽が混在する場所。
はるか昔は木造の、そして今、其れは古いレンガ造りの。そう、其れは人ではない、移動することなく己の場所を確保し存在する劇場という建物。
長い時を経て、現在、ほのかなガス燈が揺らめく賑やかな街の大通り、一本の道が二本に分かれる二つの道に挟まれた真ん中、景色に溶け込むようにその劇場は存在していた。
そして、いつしか其れは一つの影を生み出す。
タキシードをきっちりと着こなし、山高帽をかぶった、決して人には見えることの無い影。
真っ黒な存在にあるのは、どこまでも白く底の無い瞳と口。自らを案内人と称する其れもまた、存在を始めたその時からずっと人々を見つめてきていた。
建物の上部、ステンドグラスがはめ込まれた天窓を背にして梁に腰掛けた案内人はじっと眼下を眺める。
「あぁ、いい夜だ。よどんだ空に月は無く、ガス灯だけが揺らめく暗闇。こんな夜は……」
つぶやく案内人の視線の先には今宵も多くの人々が劇場の入り口にひしめいていた。
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