朝焼け

ゆう

朝焼け

タタン、タタン…

 

 タタン、タタン…


 ああ、お客さん、少し遅かったですね。電車は一足先に行ってしまいましたよ。うちのはせっかちはものでね。たいして客は来ないんだから少しは待ってればいいのに。

 ……え? 別に電車に乗るために来たわけじゃない? これは失礼しました。じゃあなんでこんなボロボロの駅なんかに?

 海? ああ、なるほど。確かにここの海は綺麗ですからね。いい感じに撮れる場所を探していたらこんな所まで……と言った具合ですか。半分正解? そうですか。となると、残りの半分の目的も気になりますね。まあそれはそうとして。お客さん、あなたついてますよ。え? なぜかって? 実はこの駅今日で潰れるんです。見た通り駅舎は傷んでボロボロですし、人も居ません。なので潰れるのも当然といえば当然なんですけど。しかし私も定年までまだまだあるとはいえそこそこ歳ですから、次の働き口を見つけるのが大変ですよ。 

 おっと。すいません。何せ人が来ることがあまりありませんから、嬉しくってついはしゃいでしまいました。そうだ、こんなご縁です。少しの間、私の話し相手になってもらえませんかね。最後はひっそりと終わるより、話に花を咲かせて終わった方が、きっと楽しいに決まってますから。


 お客さんもおっしゃった通り、ここは昔から海が綺麗でね。この町はこれを売りにしていたんですよ。家族連れや恋人達が集まる観光地として有名になりましてね。そりゃあもうあの時は町が繁盛して活気付いてました。私もこの海が大好きでね。嫌なことがあった日はずっと見ていましたよ。この海を一望出来ることがこの駅の唯一の利点かもしれませんね。フフッ。

 でもやっぱり流行りがあれば廃りもあるわけで。すぐに閑散としちゃって、通勤や通学で利用する人しかいなくなっちゃいました。どうせ減るんなら酔っ払いの方がよっぽどいいんですけどねぇ。あれは本当にたちが悪いお客ですよ。ハハハ。

 おっと。話が逸れてしまいました。私の話には脱線が多いので事故には気をつけて下さいね。電車だけに。……なんてね。おや、お客さん、顔が怖いことになってますよ。別嬪さんなのに、勿体ない。


 そうそう、別嬪さんで思い出しました。私が若かった頃の話です。同い年くらいの女性がいつもこの駅を利用していたんですよ。多分お仕事ででしょうね。実は私、その女性に一目惚れしてしまいまして。本当に綺麗なお方でね。ずっとドキドキしていましたよ。恋する乙女のようにね。大して人もいないんだから、話しかけるチャンスはいくらでもあったはずなのに、その頃の私はどうも意気地なしでね。声をかけることが出来なかったんですよ。 

 でもね、そんな悶々とする日々を送っていたある日、奇跡が起きたんです。

 

 えぇ、忘れもしません。彼女、いつもなら21時頃の電車でこちらに帰ってくるはずなのに、その日は珍しく、というか初めて日付を跨いだ時間に帰ってきたんです。私は驚いてつい、今日は遅かったですね。お仕事が大変でしたか? お疲れ様です。と言ってしまったんです。そうしたらね、彼女、静かに泣き始めてしまいまして。私はもう大慌てですよ。とりあえず、業務等は既に終わった状態で駅員は私しかいませんでしたので、駅の待合室に案内してそこで話を聞いてやったんです。

 どうやら彼女、職場で大きな仕事を任されたのはいいんですが、そこでちょっとトラブルが起こってしまったようで。場合によってはクビになるかもしれないと言っていたんですよ。確かにあの頃は不況でしたから、いつリストラされてもおかしくは無かったんです。実際、私は彼女のように絶望した表情を浮かべているお客さんを何人も見てきましたからね。

 私には、彼女にどう声をかければいいのか分かりませんでした。それで、励ましの言葉の代わりとは言ってはなんなのですが、彼女が落ち着くまでずっと横に居たんです。正確に言えば、そうすることしか出来なかったのですが。馬鹿な男でしょう? 本当、こういう時ってどうするのが正解なんですかね。私はあの時の行動は正しかったのか、未だに分からないままなんです。

 幾分かすると彼女は落ち着いてきたようで、私は何か温かい飲み物でも持ってこようとした時です。背後から『ありがとうございます』と呟く声が聞こえたんです。

『おかげで気持ちが落ち着きました』

『きっと1人だったら耐えられなかった』

 私は黙って彼女の言葉に耳を傾けていました。そして

『私はただ、ずっと好いていたあなたの力になりたかっただけです。でもこの通り、何の力にもなれませんでした。あなたを救ったのは紛れもなく、あなた自身です』

 不甲斐なくて申し訳ない。と謝りました。

 するとどうですか。彼女は目を丸くして私を見ているではありませんか。私がはて? と疑問に思っていると

『私も、です』

『私もずっと好きでした』

 頭が真っ白になるっていうことは、本当にあるものなんですね。そして同時に特定の音しか聞こえなくなる。

 あの時はあの音しか聞こえなかったなぁ。

 どんな音だったっけ?

 ああ、そうですよ。

 朝日を連れてきた、さざなみの音です。


 え? その話の続き? それからはちゃんとお付き合いをして、結婚をしましたよ。それから、実は私たち共通点がありまして。2人とも海が好きだったんです。だからよくあの閑散とした海に行きました。子どもができてからも、変わらず遊びに行ったものです。いやぁ、当時は楽しかった。

 ……ん? 子どもは女の子じゃあないかって?

 凄い。当たりです。娘ってのは可愛いものですね。すっかり子煩悩な親になってしまいましたよ。デレデレです。

 ……え。

 子どもの名前は……汐織、では?

 ……あぁ、だからか。でないとこんなところには来ませんよね。ごめんね。本当にはしゃいでいたよ。

 覚えてます? とは言っても汐織は3歳の頃だったからなぁ。勝手に海の方へ行って危うく大波にさらわれそうになって、父さんが助けたんだよ。無事だったんだね。よかったよかった。

 それにしても、大きくなったね。いつの間にか母さんそっくりになっちゃって。

 母さんはどう? ……そうか。海が苦手に。

 あと、今も仲良くしてるって? そうか。それはよかった。でも、やっぱり夏の時期はどこか上の空なんだ。

 あれは事故なんだ。って言っても、やっぱり難しいか。でも、汐織が心を罪悪感で引っ掻き回される必要はない。

 来てくれて、ありがとう。



 なんだか、母さんと似たような状況になったね。やっぱり親子だなぁ。

 そうそう、さっきも言った通り、この駅は潰れる。これが意味することはそう、もう父さんとはさよならだ。だから、一つ、言いたいことがあるんだ。

 父さんは、「父」として君に何もすることは出来なかった。そして母さんにも、「夫」として何もしてやることは出来なかった。

 許しを乞うわけではないけど、謝らせて欲しい。

 本当にすまない。

 そして生きなさい。これからもずっと。


 聞こえるかい? 電車の音だ。父さんはこれに乗って帰らなきゃいけない。

 ……ん? 写真? ええ、お父さんおめかししてないんだけど。……娘の最初で最期の我儘を聞けって? 手厳しいことを言うなぁ。分かったよ。

 

 そうだ、これは、強制はしないんだけど、お父さんのこと、ゆっくりでいいから2人で受け入れることが出来た時、あの海に遊びに行っといでよ。お父さんのせいであの海を嫌な思い出のままにはしたくないから。

 ……。

 そういえば、さっきからずっと目に潮風が当たって痛いんだよ。本当、海は好きだけどこればっかりは嫌だなぁ。


 じゃあ、行ってきます。


 

 


タタン、タタン…


 廃墟と化している駅に、1人の学生が立っている。

 聞こえるはずのない電車の音が、妙にはっきりと耳に届いていた。その手にあるカメラ。その中には、とびきりの笑顔を浮かべている少女と、はにかんだ顔で敬礼をしている男の姿が写っていた。

(......最後に言った言葉は届いただろうか)


 きっと届いたはずだ。

 潮風が目に入ったと言って泣きながら笑っていたあの人には。


(ずっと大好きです。お父さん)

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朝焼け ゆう @kyuna1123

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