二
『あんた何してんだよ!』
びっくりしたのは腕をひねりあげられた痴漢だけではない。
周囲の乗客も、被害者本人の總子も。
(え、え?何、あの子?)
見るからに10代といった風体の少年が、50代も過ぎているだろう痴漢の腕をつかみ上げ、睨みつけている。
「次の駅で降りろよ!警察行くぞ!」
「け、けいさつ?な、なんで私が…」
「馬鹿言ってんじゃねえよ!さっきからずっと!見てたんだぞ!」
總子を慮ってか、“痴漢”というキーワードは出さなかった。しかし彼の言い分から乗客たちは状況を理解した。
往生際悪く
あっけにとられる總子に、少年が
「おいあんた!あんたも来いよ!証人なんだから」
と怒鳴られて、こくこく頷きながら、ちょうど開いた扉からホームへ降りた。
◇◆◇
少年と、もう一人の男性客が痴漢を両脇から抱えて抑えつつ、總子も一緒に駅員室へ向かう。
駅員は全員から事情を聞き、痴漢を鉄道警察へ引き渡すと、3人を解放してくれた。
「どうも、ご協力ありがとうございました!」
敬礼する警察官にお辞儀をし、部屋を出たところで、總子はハッとしたように二人に頭を下げた。
「あ、あの…本当にありがとうございました!」
男性客は
「いやいや、お礼は言わなくても…。災難でしたね」
と、にこやかに返すと「あ、仕事に遅れそうなんで!」と言いながら丁度入ってきた電車に飛び乗って行ってしまった。
(ああ~、ちゃんとお礼出来なかった…)
しまったなぁ、と思いつつ、もう一人の、というか今回の一番の立役者に向き合った。
「あの!本当にありがとうございました!」
お礼を言っているのか謝っているのか分からないほど二つ折りになって、總子は頭を下げた。
「あんたさ」
少年から言葉が降ってきたので、頭を上げて向き直る。
「いつもあんな目に遭ってんの?」
あんな目、って、痴漢のことか。
恥ずかしさもあるが、恩人に嘘をつくわけにもいかない。申し訳なさそうに頷いた。
しかし少年は心底吃驚したように叫んだ。
「ほんとに?毎日?」
「あ、いえ、さすがに毎日じゃないですけど…」
否定を表すように胸の前で両手を振りながら訂正したが、少年は自分の親指を噛みながら、う~ん、と考えこんでしまった。
「じゃあ明日からどうしよっかなぁ…」
ど、どうしよう、って…。
(君が悩むことじゃないから…)
通勤ピークの電車に乗らない、車両を変える、路線を変えるなど、防御方法はある程度思いつく。実行したところで効果は期間限定だろうが。
「あ、あのね。私明日から車両変えるから…」
だから大丈夫よ、と言おうとしたところで、少年が思考から覚醒した。
「やっぱ俺が毎日一緒に乗るよ。そしたら助けられるからさ!」
超グッドアイデア!俺スゲー!みたいな効果が見えそうなくらいの眩しい笑顔で、少年は謎の提案をしてきた。
毎日同じ電車で?赤の他人の私を痴漢から守るために?
ものすごいあり得ない提案に、固まって返事も出来ない總子に、
「じゃ!俺学校だから!」
とだけ告げると、猛スピードで走っていなくなった。
總子は、数分その場から動けなかったが、ちょうど停車していた電車のドアを閉める合図音で、自分は完全に遅刻していることに気づいて駆け込み乗車した。
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