裏・伽蘿先代萩

よもぎパン

第壱話




 時は万治、陸奥仙台藩のお家騒動。


 仙台藩三代藩主、伊達綱宗だてつなむねは吉原の美しき太夫、高尾たかおに心を奪われます。しかし、それは家老である仁木にっき弾正だんじょうら一味の陰謀でございました。


 廓での遊蕩にふける綱宗は、ついに仁木らの手によって隠居させられてしまいます。

 そこで綱宗のあとを継いだのが、嫡子の虎千代とらちよでありました。そのとき、虎千代は齢二つ。仁木ら一味はその虎千代をも失脚させんと命を狙います。


 その陰謀に気付いたのは、虎千代の乳母、初岡はつおかでありました。


 初岡は虎千代を「男を嫌う病」だと偽り、自らの子である千菊せんぎくと共に、奥殿へと籠ります。そうして、奥殿を男子禁制の間といたしました。


 毒殺を恐れた初岡は、運ばれてくる食事を全て捨て、自らの手でこしらえる食事だけを子らに与えます。

 しかし、それで諦めるような仁木一味ではありません。


 虎千代が六つを過ぎたある日のことです。男子禁制である奥殿に、老中、山名やまな宗全そうぜんの奥方である栄御前さかえごぜんが見舞いを名目にやって来たのです。山名宗全は、仁木弾正らと名を連ねる反乱派でありました。


 栄御前は見舞いの品とし、持参した菓子を虎千代に食べるよう言いつけます。


 誰が見ても、毒入りであることは一目瞭然。


 しかし、管領である山名の奥方を無下に扱うことなどできません。家の名を立てるため、虎千代は震える手で菓子を掴み、頂戴いたしますと宣ったのでございます。


 その時でした。それまで虎千代の傍らに静かに座っておりました千菊が、虎千代を薙ぎ払い、その手のうちより菓子を奪い取ったのです。


 千菊は、日々、母である初岡に言い聞かせられていたのでございます。もし主人が毒を盛られたら、お前が主人の代わりに死ぬのですよ、と。

 無礼な子供を装い、毒入りの菓子を食らった千菊は、毒にしばらくのたうった後、ぱたりと動かなくなりました。しかし、初岡は我が子の死を前に表情ひとつ変えません。


 そんな母の姿に、栄御前は、虎千代と千菊の入れ替えが秘密裏に行われていたものと判断し、その場をあとにしたのです。


 全ては伊達のために。初岡と千菊はその身をもって、主人を守ったのでございます。


 そうして、皆が出払い、静まり返った奥殿にて。初岡は、冷たくなった我が子を抱きしめ、涙を流すのでございました。


 これが歌舞伎の名作、陸奥仙台藩のお家騒動『伽蘿先代萩めいぼくせんだいはぎ』の物語。


 しかし、誰が知っているのでありましょうか。この幼き武士が眼の光を失いながら、それでも生き永らえたことを。


 幼き藩主の、誠の秘密を――。





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る