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正式にユキの雑用係として契約を結んだファナ。先ずは泊まる宿屋をと言われ、ファナがお世話になっている宿屋へと案内した。同じ宿屋で滞在していれば、何かあった時直ぐに対応出来る。それに、この宿屋は清掃も行き届いており、料理も非常に美味しい。最高級とは言えないが、かなり良質な宿屋だとファナは思っている。
「そうなのねぇ!ファナちゃんのお連れさんなら、お安くしとくわよ!」
宿屋に着き、その受付場で仕事をしていたサルシャへと事情を簡単に説明した。
そして、事情を理解したサルシャはファナの分だけでなくユキの分まで割引にすると言うのだ。ユキは現在フードを被っており、素顔を見せない変質者と捉えられても文句の言えない格好だ。と言うのに、ファナが説明すれば話が通るのだから、ファナへの信頼が見て取れる。
「ん。随分と、信頼されてるんだね?」
「あはは···大したことはしていないのですけどね···」
「まぁたファナちゃんは謙遜して!私達の恩人なのよ?もう少し胸を張りなさいって!」
あくまで自分の能力に劣等感しか覚えられないファナ。その態度に、ユキは少し不機嫌になる。
「ん。ファナ君。自分のした事をあまり悲観しちゃいけない。君は最低限、感謝されることをやったんだ。その事に対し誇りを持ち、自信を持たないと。感謝している側に失礼だよ」
「うっ···は、はい···」
ファナは2年もの苦行により自信がズタズタにされていた。それは簡単に修復できるものではなく、他の誰かが「自信を持て」と言ったとしても、殆ど効果は無かった。尊敬する、命の恩人であるユキの言葉だからこそ、ファナの心に直接響く。
「ん。分かればよろしい。······それと、先に言っておこう。お代はボクが払うから。余計な気遣いは不要だ」
「は、はい···」
『金龍の息吹』の雑用係であった頃は、こういった出費も全てファナが持っていた。そのため、自然な流れで支払おうとしていたのだ。ユキに先止めされ無ければ、確実に払っていたであろう。
ユキはもちろん、ファナの過去なんて知らない。しかし、これまでの短い間だが、ファナの性格は段々と読めてきていた。そこに命の恩人という箔がユキには付いている。行動を読む事くらい訳ないものだ。
見るからに落ち込んでしまったファナ。出来るだけユキに恩返しを、と意気込んでいたから尚更だ。
「あらあら···私もね、ファナちゃんにはもっと自信を持って欲しいと思っていたの。だから、ファナちゃんをよろしくね。えっと···」
「ん。剣士のユキ。適当に呼んで欲しい」
「えぇ!ファナちゃんをよろしくね、ユキちゃん!」
「ん。多少の矯正はするとしよう。謙虚は素晴らしいが、度を超えると嫌味になるからね」
2人は手を取り合って結託の意を示した。
サルシャはファナに娘へ対するような愛情を抱いている。そのファナが、自信も持てないでいる姿には心痛めていた。しかし、自分達が何を言っても慰めにしかならない。そこへやって来たユキというファナを説教出来るような関係者。もはや救世主であった。
こうして秘密裡に結成されていたこの町のとある組織、『"ファナちゃんを如何にして褒めるか"の会』に希望の光が差し込んだのであった。
※ ※ ※
割り振られた部屋に荷物をと思ったが、ユキもファナも手ぶらだ。ユキは収納袋に、ファナは空間に仕舞っているためである。2人はそのまま食堂へ進む事にした。
ユキを席に着けると、ファナは厨房へと向かい、手伝える雑用をテキパキとこなしていく。
じゃがいもの皮剥き、野菜の千切り、食器洗い、など。人が変わったかのようにテキパキテキパキと手を動かす。
それを(目を使わずに)眺めているユキ。サルシャの言う通り、ファナは褒められる力を持っている。千切りしている時の包丁さばきも、並の剣士では理解出来ない速度であった。それらをなんでもない事のようにやってのけ、自分は凄くないと自傷する。
後で絶対にチクチク言ってやろうと、ユキは悪戯地味た笑みを浮かべた。
「ただいま〜です〜···あ、ファナおねぇちゃん···」
外で遊んでいたエルフィアが昼食のために帰ってきた。厨房でご飯を作るファナを見つけ、そそくさと近づいて行く。何時もなら居ないため、少しファナは支度に忙しく気付いていないようだ。
「ふぅ···」
「おねぇちゃん!たーだいまーっですっ!」
「ひゃぁっ!!?」
ファナが一段落ついた隙を見逃さず、後ろからがっしりと抱きついたのだ。完全な不意打ちとなり、ファナは抜けた声を出す。
「こら!エルフィア!帰ってきたら先ず手を洗いなさい!」
するとサルシャから叱責が飛ぶ。その言葉にファナは些か疑問を抱くも、そこはそれぞれ親子間に決められた約束があるに違いない。料理中の人を驚かせちゃいけませんとか、叱って欲しいなとは思うけれども。
「は〜い。手を洗ってきてから抱きつくです」
「そうしてね」
「しちゃダメですよ!?」
親の言うことを素直に聞く、それは素晴らしいことだが、ファナにとっては違う所にも気をつけてほしいと思うばかりだ。特に、男である自分に抱き着く、とか。正直控えるべきことだと思うし、親も注意しておくことであろう。
そのやり取りを聞いていたユキはくすくすと笑う。
「ん。ちょいと、君」
そして、手洗いから帰ってきたエルフィアを呼び止める。
「なんですか?···わぁ、銀色のエルフさんですか?」
ファナへと直行していたエルフィアだが、ユキの呼び掛けに足を止める。そして、ユキの耳が長いことに気がつき、脳内にあるエルフのイメージと比べる。エルフは森の住民。緑色の髪と長い耳が有名だ。金髪や黒髪も中には居るらしい。エルフィアも実際に何度かエルフを見たことがある。そのため、ユキの銀髪が特徴的に映った。
「ん?あぁ、ボクはエルフだよ。エルフのユキ···銀髪は確かに珍しいかもね。今日からこの宿に泊まるんだ。よろしくね」
「はい!フィアはエルフィアと言うです!よろしくお願いしますです!」
元気に頭を下げるエルフィア。その動作にユキはに僅かに笑う。なんだかんだ、子供好きなユキ。特に元気な女の子は好きだった。
「ユキさんは目隠ししているのです?」
「ん?そうだよ。目が使えないからね······それより。ファナ君について聞きたいな」
「ファナおねぇちゃんですか!ファナおねぇちゃんはとっても優しくて、とっっても凄いおねぇちゃんです!」
ファナについて聞かれると、エルフィアは嬉しそうに口を開く。まるで自慢の姉を紹介する妹のように、エルフィアはファナの凄さを両手を使って表した。
その動きを見て、ユキは楽しそうに口元を緩ませる。
「ん。そっかそっか···そう言えば、ファナお
「ふぇ?そうですよ?ファナおねぇちゃんはおにぃちゃんと言い張るおねぇちゃんです!」
「ん······だよねぇ。ボクもさぁ、未だにファナ
ユキはそう言いながら、視覚以外の情報を思い出す。この何百年、視覚を無くした生活を送ってきた事で、嗅覚と聴覚、触覚は他の追随を許さないほど精密なものとなっていた。例え鼻の利く獣人にすら、ユキは勝てると思っている。それらが「ファナは女の子」と裏付けているのだ。あの感触から判断される、男性特有の生殖器の有無を除いた情報が、だ。あの時の感触と言っても小さなもので、
「ん〜。やっぱり、また確認しようかなぁ···」
厨房で作業するファナの方へ意識を向けながら、手をワキワキとさせて呟いたのであった。
その時、ファナが謎の危機感に襲われた事を話していた。
それからお昼ご飯の準備が終わるまで、ユキはエルフィアからファナの自慢話を聞いていた。聞いてみるとファナの人格が分かってくる。
例え自分が困っていようとも。困っている人を見ると助けたくなる。
めっちゃ可愛い。
基本的に奉仕の精神で生きている。
めっちゃ女の子より女の子している。
憧れのお姉ちゃん。
などなど。半分以上が違う話に逸れたものの、これでユキによる事情聴取は済んだ。
子供からの情報はとても重要だ。子供は見たものを多少は派手に言うが、プラスをマイナスに、マイナスをプラスには説明しない。どれ程の尾びれが着いているかは後で探るとして、ファナが雑用係として有能である事は理解出来た。
その上で不思議に思う。
ティルレッサから聞いたファナの雑用係ランクは最低のF。ユキは過去に5人、雑用係を雇用してクビにしている。
内訳はD1人、C1人、B1人、A2人だ。
Dランクの雑用係を雇い始めた頃、ユキはまだBランク冒険者であり、ギルドからは注目されていなかった。大型のモンスターを狩っては来るが、時間の掛る冒険者として見られていたからだ。
それを払拭するべくユキは"道案内役"として雑用係を雇った。雑用係の本文にもそれなりの期待を込めて。
腕前としてはイマイチであった。確かに自分でやるよりかは幾分とマシだ。しかし、あまりご飯も美味しくないし、武器のメンテナンスとかをすると言われて嫌な目に遭うし。極めつけは「見えなくては体を洗うのが不便でしょう」と言って迫ってきたことだ。ウザかったので殴って沈めたけれども。速攻で契約を取り消したけれども。
この時は運がなかったと思った。いわゆる売れ残りの雑用係を雇ってしまったのだ、と。ギルドには女の子をと要求したのだが、他のパーティに雇われて行ったと返された。行動が遅い自分を呪った。
それから4回。
その2回も最悪なものだった。ギルド本部から派遣されたAランク雑用係と言っていたが、とても不愉快極まりない。そもそも実力だってCランクと変わらない程だと思ったし、偉そうな態度だから尚悪い。
まぁそんな事もあり、雑用係へ対する印象は悪かった。
しかしファナはどうだ。エルフィアの口から出る理解不能な偉業の数々。その上であの性格。何より可愛い。
彼──がFランクであるとすれば、この世にEランクは存在しないだろう。そう言わせて欲しい実力を持っている。
故に、ユキはファナへと疑問を抱く。これを拭わねば、ファナを傍に置いておく事は出来なかった。
お昼ご飯の準備が整い、エルフィアは母親の元へと行ってしまった。恐らく戻ってくるであろうが、今はファナと2人きり。周囲にいる客は料理に集中しているので、今聞いてもいいのかもしれない。
が、ユキもユキで料理の匂いに負けてスプーンを動かしていた。
「ん〜。ファナちゃ···んのおすすめだけはあるね」
「···諦めて"ちゃん"にしないでください。と言うか、ユキさんは確かめましたよね!?」
スープを1口啜ったユキがその美味に舌鼓を打つ。
ユキの言葉に噛み付くように、ファナが頬を赤らめながら小声で叫ぶ。
そんなファナを無視しながら、ユキはお昼ご飯を胃袋へと収めていく。見えていないだろうに無駄のない動きで食べ進めていき、ファナが半分も食べる前に完食してしまった。
「ん〜〜。ごちそうさま」
「······あの、食べますか?」
「ん!くれるのかい?貰おーかなぁ」
「はい。僕には少し多いので···」
ファナはどこからとも無く取り出した未使用のフォークを使い、ユキの皿へと料理を移していく。
サルシャの計らいでファナの料理は多くなっているのだ。沢山食べないと大きくなれないよ、と。とてもありがたいのだが、何日も食べないでいたり最小限の食事で済ますことが多かったファナ。人よりも食べる量は少なくなっていたのだ。
何時もは空間に仕舞い、
「ん······まぁ、いいや。それも後で追求するとして、今はご飯!」
先程1人前食べたとは思えない勢いで、次々と料理を口に運ぶ。その様を見るだけでファナはお腹いっぱいになるのであった。
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