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「ん···このボクを騙すなんて、中々やるじゃないかファナ君。ほんの少し自信を失ったよ」


「僕は非常に大事なものを失った気がします···!!」



 一悶着が終わり、ユキはどこか嬉しそうに、ファナは涙目になっていた。男としてのプライドを失ったファナは、蹲って小動物のように震えている。



「ファナさんの、とても可愛らしかったですよ」



 なんのフォローにもならないことを、ティルレッサからサラリと言われる。余計に落ち込む一方だ。



「ん。まぁ、こういうこともあるから、なんでもするとか無闇に言っちゃダメだよ。分かったかい?」


「はい···身を以て実感しました···」



 安易に使っていい言葉ではないと、ファナは脳と体に焼き付けた。



「······あ、そうです。ユキ様とファナさんに提案があります」



 ティルレッサが手を叩き、そう言葉を始めた。ファナは無性に嫌な予感を覚える。何か、良からぬことを企んでいるのでは、と無駄に勘繰るようになったのだ。まぁ、無駄だが。



「ファナさん、ユキ様の雑用係として就いてみませんか?」


「えっ!?」



 それは想像だにしていなかった考えだった。あんな事をされてしまったが、ファナにとってユキは憧れの冒険者様。その雑用係として働いてみないか、という提案である。


 が、ファナは理解していた。雑用係としての仕事は期待されていないことに。恐らくは雑用係という形で、道案内がメインになると言うことを。ユキの言葉や外見、二人の会話から判断するに、ユキはかなりの方向音痴だ。そこに盲目が重なり、1人ではまともに目的地へと着けない状況にある。ユキはかなりの実力を持っていると予想しており、高難易度のクエストを受ける上で、それでは効率が悪いのだろう。安い賃金で動かせるFランクの雑用係。これは起用するに持ってこいだったのだ。



「···はい。もし、ユキさんが良ければ喜んで」



ファナは、ユキの役に立てるならそれで良かった。雑用係としてのトラウマは存在するが、命の恩人であるユキにならば文句はない。要らないだろうが、この身を捧げるつもりであった。



「んーーーーーー······そうだね。まぁ、ファナ君なら面白そうだし、暫くは宜しく頼むとするかな」



 ユキはまた少し悩んだが自分の中で答えを出し、ファナへと手を差し出した。


 その言葉を聞いたファナは途端に明るくなり、そっとユキの手を握った。



「は、はいっ!これから宜しくお願いしますっ!!」


「ん。改めてよろしく」


(ん〜、やっぱり女の子なんだよなぁ)



 ファナの気も知らずに、ユキは呑気にそんな事を考えていた。




 ※ ※ ※




 一方、『金龍の息吹』では、新人雑用係ネレが更なる窮地に立たされていた。


 皆が寝静まった夜中。ネレは焚き火に木をくべながら、押し付けられた武器を必死に磨いていた。


 このパーティの雑用係として働いて2週間が過ぎた。もう、限界だった。今も目に涙を溜めながら、声を殺しての作業であった。


 このパーティはどこか可笑しい。感覚が並より酷く外れている。世間で噂されている『金龍の息吹』とはまったく違う素行の数々。彼女等は雑用係を己の為に働く人形だと勘違いしている。


 高ランクのパーティは気品のある冒険者が多い。これは貴族の依頼を受ける最低条件であるからだ。Sランク冒険者ともなれば自由奔放が許されると聞くが、B、Aランク冒険者達は、力だけで食ってはいけない。成り立つとすれば、ダンジョンにでも潜る強者達だけ。


 最低限の力は必要だ。力が無ければクエストは達成できない。Bランクに値する力を『金龍の息吹』が有している事は理解出来る。しかし、謙虚さが足りない。冒険者は自由業だと勘違いされることも多いが、それは一部の者達だけ。あまりに傲岸不遜な態度を取れば、粛清対象となり得る。この世には、逆らってはいけない力も存在しているのだから。 


 それなのに、彼女達は貴族にでもなったつもりでネレに様々な要求を出してくる。あれもこれも、事ある毎に、命令の形で。そして決まって言うセリフがある。「Fランクのファナでさえ出来たのに」と。


 ネレは理解出来なかった。彼女達が要求する異次元並の要求を、完璧にこなしていた雑用係が居たのか?それがFランク?それをクビにした?


 彼女達の妄言じゃないかと初めは聞き流していた。最後にグレッドからも同じセリフを聞き、ネレは事実だったのだと理解──する事は出来ないが──した。



 1秒で汚れを落とせだの。


 1分で飯を作れだの。


 5秒で武器をメンテナンスしろだの。


 5秒で防具を直せだの。



 Aランクの雑用係でも不可能な無茶振りだ。そもそも彼女達はそれらを無茶であると理解出来ないのだろうか。頭が沸いているのではないか。


 しかし、口答えすれば暴力が振り下ろされる。獣人とは言え〈雑用係〉というジョブでは、戦闘系のジョブに抗う事は出来ない。為す術もなく無闇に殴られ、無茶を押し付けられる日々。



 もう、限界だった。



 ネレは貧乏な田舎の村を救う為、一攫千金を狙って都会へと出てきた。田舎で必死に〈雑用〉のスキルを磨き、高い検定料を捻出してもらい、ようやく手に入れた雑用係のBランク。そして、今ノリに乗っている若手のBランクパーティに勧誘された時は、努力が報われたと思った。



 なのに。この仕打ち。



 多少の事なら我慢するつもりであった。それで報酬が貰えているのだから、文句は言えないのだろうと。実際は雑用係にも正当な権利があり、パーティ内で不満があればギルドへと訴えることも出来た。しかしそれはメンバーによって脅され、ネレには出来なかった。


 ちゃんと報酬は頂いていた。規定額を最低限。文句は言えない。しかし、その後が問題だった。メンバーはネレに買い出しへ行かせる。ちょっと歩いて買いに行けばいいのに、全てを雑用係に押し付けようとする。そして、それら全てはネレの財布から支払われる。


 初めの買い出しでも、渡された金は雑用係の仕事に対する報酬だった。負担は全て雑用係。これがこのパーティでの共通認識。



 可笑しいと叫んだ。



 けれど帰ってきたのは「闘わないくせに図に乗るな」という、ギルドの規約にある雑用係の権利を害する一言。



 もう、このパーティではやっていけない。



 しかし、ネレには抜ける勇気が無かった。



 もし『金龍の息吹』から抜ければ、この町で雑用係として働くことは不可能だ。Bランクパーティをクビになったというレッテルは非常に重たい。なら隣町へと行けばいい。しかし、物事はそう簡単には行かない。隣町へと行く為には、3つの山を越えなければならない。あのモンスターがうじゃうじゃ蔓延る山を、ネレ1人で越えるなんて不可能に近いものだった。



 結局、我慢するしか道は無かった。



 ネレは1人泣きながら、終わる事の無い武器磨きを繰り返すのであった。

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