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 宿を出て、直ぐに冒険者ギルドへと赴く。その間に色々な人から感謝の言葉とちょっとした物品をちょこちょこと頂き、断り、押し付けられてしまった。それらは空間へと丁寧に仕舞い込み、御礼を返してからまた歩き出す。それを何回か繰り返す。これもファナの日常となっていた。


 感謝される事はファナに人並以上の喜びを与える。今日も幸せな気分で冒険者ギルドの扉を開いた。


 初めの頃はそろそろと入っていたが、今では堂々と──入る程の度胸がファナにあるはずも無く、相変わらずそろそろと入っていく。


 まだ朝の早い時間。殆どの冒険者は居ないが、受付嬢だけはカウンターで準備をしている。この2週間世話になっている受付嬢のティルレッサへとファナは近づいた。



「おはようございます、ティルレッサさん」


「おはようございます、ファナさん」


「何時ものようなクエストってありますか?」



 ファナの作業が完璧だと話題になり、清掃などの依頼はファナ指名のものが多くなった。それらの指名依頼は張り出しされることなく、カウンターにて受付嬢より受注する。と言うのも、指名依頼は数が少ないからだ。


 指名依頼される者は高ランクの、一握りの冒険者だけ。世界に5名しか居ないSランク冒険者は勿論、名を上げたAランクの冒険者くらいしか、指名されることは無い。指名依頼を任されること、それは冒険者としてのランク以上の格を表していると言っていい。それ程、依頼主やギルドから信頼されているということなのだから。通常よりも高額な指名依頼を夢見る冒険者は数知れず。


 この事にファナは気付いていない。知れば怖気付いて受けなくなりそうなのでティルレッサも伝えていない。



「はい。本日は薬草採取の依頼を承っております。お願い出来ますか?」



 ファナが最高品質の薬草を採る事が可能という噂を聞いたとある研究者からの指名依頼である。上手く行けば今よりも高い品質の回復薬が作れると、冒険者ギルドの方からも期待されている。その分報酬も破格なもので、1束あたり銀貨1枚と半銀貨5枚、つまり1万5千マロ出すと明記されている。



「もちろんです!何束くらい必要ですか?」


「ええと······はい。最低5束、上限は無いそうです」


「分かりました。では直ぐに出発しますね!」



 その言葉を残してファナは出立してしまった。また報酬の話を聞こうともしないで。通常の冒険者ならいの一番に確認する事項を、ファナはあまり気にしていない。高かろうが安かろうが、自分の出来る仕事を精一杯やる。それがファナという人間であった。


 ティルレッサは小さくため息を吐いた後、最低報酬である7万5千マロを個別に用意した。ファナの性格を理解してきたティルレッサは、ファナが必要分より多くの薬草を採って来ない事を知っている。採り過ぎれば他の冒険者が採取する時の迷惑になる、と考えているからだ。ファナにはもう少し強欲になって欲しいとは思う。しかし今のファナが最高だと思うので、やはり変わらないでいいと考え直したティルレッサであった。




 ※ ※ ※




 薬草採取のために山へと向かうファナ。採取禁止エリアのことも考え、向かうは2週間前歩いて来た山だ。あの周辺なら、完璧に覚えているという自信を若干持てそうだと予感したつもりだからである。


 その山へと向かうべく、ファナは町の正門へと歩いていた。


 この辺もクエストの関係で何度か足を運んだ事はある。1度歩いた地形は記憶しているファナは、迷うこと無く正門へと向かった。


 その道中、やはり声を掛けられ、御礼の品々をちょこちょこと貰ってしまい、空間に収納できなければ抱えきれないほどになってしまった。


 やはり感謝される事は気持ちいいな、と頬を緩ませながら歩く。


 丁度ダンジョン専用の冒険者ギルド前に差し掛かった。開いているドアから中を覗けば、朝はこのギルドにも人はあまり集まっていないようで、数人の冒険者が依頼書と睨み合っているくらいであった。これはダンジョン攻略を優先し、クエストに関わらない冒険者が多い為だ。クエストは報酬こそ貰えるが、攻略する上では邪魔な荷物にしかならない。ついでに、と考える者しか受注しないのだ。


 そんな冒険者ギルドの前を抜け、遂に正門に辿り着いた。ファナにとって2週間ぶりの正門だ。朝もいい時間となっており、町を出ていく冒険者もそれなりの数が居た。


 出る時は特に検査も無く、門番の方々に軽い挨拶をした後、ファナは町の外へと踏み出した。


 久しぶりに町を出た。何度か深呼吸をし、ファナは気合いを入れて山へと向かう道を進む。


 前を見て歩いていると、少し離れた所に若い冒険者かわ4人、わいわいと騒ぎながら歩いていた。がっしりとした防具を見に纏い、それぞれが腰や背に武器を背負っている。ダンジョンに向かう冒険者達だ。


 彼らと見比べ、自分の貧弱さが浮き彫りに出る。ファナは同じ冒険者という事に自分が恥ずかしくなり、目線を彼らの奥へと移した。


 向こうからは旅人の格好をした人が歩いてきていた。その旅人は頭からすっぽりと灰色のローブを被り、目が見えないのか杖で道を叩きながら、ゆっくりと歩いていた。



 その旅人と、若い冒険者が接触する。



「ん、わっと」



 旅人は避けようと大回りに歩いたのだが、若い冒険者の1人が肩をぶつけたのだ。


 旅人は簡単に倒れてしまい、杖を離してしまったようだ。手探りで杖を探すも見つからない。それもそのはず、冒険者の違う1人が杖を蹴り飛ばしていたのだ。


 彼らはてんで違う地面を手探りする旅人を見てゲラゲラと笑い、気分よく去っていってしまった。



 慌ててファナはその旅人の下へと駆け寄る。転がって行った杖を拾い、座ったままの旅人に声を掛ける。



「だ、大丈夫ですか!?」


「ん?あぁ、だいじょぶだいじょぶ。転ぶのは慣れてるから」



 ファナに言葉を返す旅人は、なんでもないような態度で居た。言葉通り転ぶのには慣れているのだろう。しかし、それが心配しない理由にはならない。



「あの、立てますか?手を貸しますよ」



 そう言いながら旅人の前に手を差し出した。



「ん。助かるよ、ありがとう」


「はい。あと、これ、杖です」


「ん。ごめんね、助かった」



 ファナの手を掴み立ち上がった旅人に杖を渡す。


 よく人を観察しているファナだから分かる。この旅人は、目が見えてなくとも人の動きなどは知覚している、と。手を貸した時も、杖を渡した時も。まるで躊躇いの無い動きであった。何か武術の達人のような人なんだ、とファナは想像する。



「では、お気を付けてくださいね」


「ん。ありがと。ばいばい」



 そう言って旅人は歩き出した。


 目指していたであろうイルベーチの町とは正反対の方向に。



「ちょ、ちょっと待ってください!」



 颯爽と立ち去ろうとする旅人に、ファナは思わず声を掛けてしまった。念の為、確認をしたかったのだ。



「ん?どうしたんだい」


「失礼を承知で伺います。行先はどちらですか?」


「ん。イルベーチの冒険者ギルド」



 旅人は迷いなしにキッパリと答える。ファナが危惧していた通りの回答を。そして、何故そんなことを、と首を傾げた。



「それなら逆です!イルベーチはこっちですから!」


「ん?そうなのかい?···可笑しいな、また違う方へ向かっていたか」



 まるで何度も違う道を進んでいるような言い草だ。その言葉にファナは一層不安になる。人の動きは把握出来るが、目が見えないのは確かである。その為目的地への方向が分からないのであろう。ならば何故1人で旅を、と言いたくなるファナだが、そこには人知れない理由があるのだろう。他人が突っ込んでいい事情ではない。



「よろしければ僕が案内しますよ。直ぐ近くですし、道は覚えていますから」


「ん?そうかい?···じゃあ、頼もうかな」



 旅人は少し悩んでから、そう言って手を伸ばした。ファナに手を持って欲しいと言うことだが、ファナはここで気付いてしまった。


 さっきはよく見ていなく分からなかったが、旅人の手は白く細い、とても綺麗な手をしていた。また声質は女性のもの。ファナのように声の高い少年の可能性もあるが、恐らくは女性で確定だ。


 それに気づいてしまったファナ。異性と手を繋ぐという事を意識すると、途端に緊張してしまった。


 それでも自分から言い出したことだ。責任をもってギルドへと案内しなければ。その使命感で緊張を打ち消し、そっと優しく旅人の手を掴んだ。



(ん?緊張しているのか?女性同士だろうに、何を緊張するのだろうか?)



 旅人は触れた箇所からファナの心情を理解したが、その理由までは分からなかった。


 こうして、僅か数分で町の中へと戻り、冒険者ギルドへと戻って行ったファナであった。謎な盲目の旅人を引き連れて。



 この出会いが、ファナの人生を大きく変える。

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