9/28(月) 部田凛々子⑥
「どうして俺が、凛々姉を妨害したか……。それは、安達カケルがどうしても、選挙に当選しなければならなかったから」
「どういう……こと?」
凛々姉の額には玉のような汗がたくさん浮かんでいた。気力なく、いちごに支えられながらも、瞳の奥にある憎悪の火は消えていない。
俺に向けられるその憎しみは、今まで彼女を苦しめてきたものだ。だから真っ向から受け止めようと思った。
「……きっかけは生徒会長に呼ばれて頼まれから。俺は凛々姉が頑張っていることを知ってたから、最初は断ったよ。だけど、凛々姉に事情があるように、安達くんにもまた事情があった。詳細は伏せるけど……想像してみて欲しい。あんなにギリギリで立候補するとか、絶対におかしな話があるでしょ」
安達カケルの届け出が受理されたのは、生徒会立候補受付の最終日だった。
彼は彼で、凛々姉の邪魔をしてもいいものかとかなり悩んでいたようだ。めちゃくちゃいいやつだったよ、彼。
「話を聞いて悩んだけれど、安達カケルを生徒会長にしないといけないと判断したんだ」
「それ……どうしてあたしに相談しなかったの?」
眉を寄せ、静かに怒りを携えて凛々姉が問う。
「凛々姉を巻き込んで悩ませたくなかったからだよ」
凛々姉のもとに彼の話が飛び込んできたとき、どういう行動を取るか俺にはわからなかった。だけど正々堂々戦うにしても、譲るにしても。きっとその話は頭にチラつくはず。
だって俺も相手の話を聞いてすぐ、聞かなきゃよかったと後悔していたんだから。
「事情を知ってから人を蹴落としてしまったら、その後、絶対に割り切れなくて苦しむよなぁって」
当時はすべて想像だったけど、今、凛々姉と半年一緒に動いてみて、あながち間違ってはなかったって確信に変わっている。
適当な人間には鬼の顔を見せるけど、凛々姉は自分に真面目で正直に生きているから、同じような人のことを放ったままではおけないだろうし。
「だったら知らないまま、正々堂々と戦ってもらうのがいちばんいいかなと思ったんだ」
「……だとしても、本気だったあたしをピエロに仕立てたのはあなたよ」
凛々姉はよろよろと窓際に逃げ、窓に額をつけて俯いた。
「……みんなごめん。全部、俺がきちんと凛々姉と話してなかったからなんだ。あとでいくらでも怒られるんで、少し二人で話させてもらっていいかな」
きちんと自分の贖罪をしなければ……。
みんな神妙に頷いて、部屋の外に出ていく。
涙を浮かべて、最後まで凛々姉の後ろ姿を見ている詩織先輩の肩を優しく叩く。
「トモくん……」
「土下座して謝ってでも凛々姉に立ち直ってもらうし、俺も虎蛇に残るから」
「絶対、みんなで、ですよっ」
答える代わりにぽんと頭に手を乗せると、目を細めて、そのまま外に出て行った。
最後のドアが閉まる音を聞いて、俺は凛々姉の隣に立つ。
「……思考がまとまらない」
「だろうね」
「あたしは誰を恨めばいいの」
「俺だよ」
「でもチュン太は、あたしのために」
そうね。
ひとりで問題を抱えて、そこで終わっていればまだ良かったんだけど。
ひとつ、俺は失敗をしてしまったのだ。
「だけど俺は、凛々姉の心を壊した」
雷が光って、近くに落ちた。
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