9/16(水) 穂積音和③

「うおー、すげえ!」

「音和さん、結構先に引っかかってるよ! でももうそれ以上は危ないって!」



 1年生の声が近くに聞こえた。あたしは木、あっちは建物で、目線が近いのが変な感じする。

 ってか、やっぱりもうちょっと先なんだ……。先まで進んで、揺らしてみよう。

 座ったままずりずりと前に進む。片手を離してまた上の枝を掴む。揺らすと、さっきよりも大きく枝が揺れた。



「あっ」



 誰かの声と同時に、ぬいぐるみが落ちて目の前の枝に引っかかった。

 もうちょっと先に行ければ……。

 体を芋虫みたいに倒して手を伸ばすと、ぬいぐるみが指先に触れた。そのままストラップに指をかけ、胸元に引き寄せる。



「取れた……」



 ちょっと汚れちゃったけど、手元に戻ってきた。よかった。本当によかった……。



「音和!!!」



 ああ。どこからか知ちゃんの声もする。もう大丈夫だね。


 枝に密着させていた体を離して、座り直す。今度は降りる番。

 ぬいぐるみをポケットに入れて、下の枝を確認して足を伸ばす。足が乗りそうなかたい枝を見つけて、体を預けていく。

 2階の高さまで降りてきたとき、真下に人がいるのがよく見えるようになった。

 あっ。じゃあ、下からぱんつ見えてるんじゃ……!?と思った瞬間、足を滑らせて体が枝から離れてしまった。

 天地が逆転する。枝に体がぶつかり、勢い止まらずさらに落ちる。



「きゃーーー!!」



 叫び声はあたしじゃなくて、見ていた女子の声。だってあたし、息すら、できていないんだから。

 三度目の枝への衝撃で体が止まった。枝の分かれ目に運良く、体がすぽっと収まっていた。



「……痛ぁ……」



 もう地上まではわずかで、視線だけ動かすと知ちゃんたちの姿が葉の向こうにちらりと見えた。

 でも、頭がふわふわしてるし、少しでも動いたら落ちそうで動けない……。



「行ってくるわ」

「ダメだ! 今、別の先生が来るから待ちなさい!」

「うるせえな!」



 誰かの声が聞こえた。

 少し待っていると、その声が近くでまた聞こえた。



「おーい。大丈夫か?」

「……たかおみ?」

「ププッ、尻がでかくてよかったな?」

「……ころす」

「よいしょっと。んじゃ今度こそ『黙って俺に抱かれてろ』」

「……ばかおみ」

「罵倒はいいけど、暴れんなよ?」



 たかおみに枝からひっぺがされて、そのまま首元にしがみついた。



「うわはは! 誰か写真撮ってー!! 一生これをネタにゆすってやろ!!」

「たかおみ覚えてろ」

「って言うけどさ。お前が落ちたとき、木の下に躊躇ためらわずに飛び込んだのはなっちゃんだったよ。……かなわねーよな」



 たかおみの顔は見えなかったけど、声が寂しげな気がした。



「んじゃーなっちゃん、お願いー」



 薄目を開けると、必死な顔の木の下で知ちゃんが手を広げていた。



「音和、手を!」



 手を伸ばす。落ちる前にしっかりと抱きとめられた。



「っなにやってんだよ!」

「……こわかった。でもちょっと、これはらっきー」

「ばか!!」



 知ちゃんに抱きしめられてからすごく安心して。そこから意識が混濁していて、あんまり覚えてない。

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