9/16(水) 穂積音和②

 あたしは立ち上がってリュックを背負い直すと、わき目も振らずに走った。



「あ、逃げたー」

「だから! クラスの仕事はー!?」



 笑い声を無視して、階段から1階までダッシュする。

 3年生がベンチでくつろぐ脇を通り抜けて、ぬいぐるみが引っかかった木を下から見上げた。

 葉っぱが生い茂り、どこにあるのか見えない……。木を思いっきり蹴ると少し揺れるけど、葉っぱがはらはらと落ちてくるだけだった。

 3年生が少しずつ注目しはじめた。教室からわざわざ出てくる人もいる。



「なーにやってんでーすかー?」

「クラスの仕事放棄しないでくださーい!」



 わざとらしい声が上の階から聞こえてきた。

 無視して周りを見渡すと、壁に銀色の脚立が立てかけてあるのを見つけた。引っ張り出し、木の下に置いて、リュックを下ろしてのぼってみた。ひとつめの枝までは、あたしの身長でも手が届きそう。

 ……登るしか、ないっ!



「三代目! 待っててっ!!」

「えっ、誰か上にいらっしゃるの!?」



 近くのベンチに座ってた男子が、驚いて立ち上がって木を見上げた。


 枝に手をかけ、ひょいっと飛んで体を枝に移す。3年生がざわつきはじめた。先生が来る前に、見つけなきゃ。

 比較的、枝はしっかりしていて登りやすかった。下を見ないようにすれば全然上まで行けそう。

 木の幹を限界までよじのぼり、次の枝を手を伸ばしてつかみ、体を浮かせる。

 そのとき2階の人と目が合った。

 スマホを構えてムービー撮っている人、本格的なカメラを構えている人。……見せ物になってる、あたし。


 でも気にしていられない。怖いと思ったら終わりだから無心で登っていく。風が吹くたび、木の幹に体をくっつけて我慢した。

 上の枝になるほど細くなっていき、だんだんと足場も不安定になった。


 もう少し…。もう少し頑張れ……。


 ふと、上方の枝の先に赤い布がちらりと見えた。あれだ。あと2本先。

 よいしょっ。あと……1本!


 ぬいぐるみが引っかかる枝を頭の上で掴んだ。かなり細い枝で、のぼって取りに行くのは難しそうかも。下の枝に座って足を絡ませ、片手で幹を抱きしめて体を固定し、上の枝を揺する。

 ……落ちない。



「こらそこの女子! 危ないから降りてきなさい!!!」



 とうとう誰かが先生を呼んだらしい。集中してるのに邪魔されてムッとした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る