9/1(火) 野中貴臣①

 ドアの前に立って息を吸って、吐く! よーっし。今日からまた同じ毎日が始まるのだぜ!


 玄関ドアをあければ視界に飛び込んでくる大きな海。夏の匂いを運ぶ潮風。そして隣人を起こすという仕事が待っている。

 どれもが毎日繰り返される日常の光景なのに、なぜか懐かしくて、愛おしい気すらある。

 感動につーんと痛む眉間を押さえてもう一度深呼吸する。そして、玄関のドアを思い切って開けた。

 うん、視界に飛び込んでくるかわいい女の子!



「知実くん、久々っ!」

「……おはよう、いちご」



 玄関の門に寄りかかるようにして立ち、手を振るいちごの笑顔を見て、俺の日常は以前と少し変わっていたことを思い出した。



 ………………


 …………


 ……



「……で。相変わらずのんきだな? 音和」

『ちがっ、知ちゃんと登校が楽しみすぎて、昨日寝つけなかったの!』



 耳元で幼なじみがぎゃんぎゃん騒いでいる。



「昨夜、うち来てあれだけ話したろ」

『それとこれとは別っ! だいたい知ちゃ』

「いいけど、話しながら支度してるんだろうな」

『んっ!!』



ブチッ ツーツーツー……



「……切られた!」



 スマホを指差して訴えると、いちごは苦笑しながら腕時計を見た。



「大丈夫だよまだ時間あるし、こんなこともあろうかとちょっと早めに出てるしさ。お互いに」

「……いわゆる通常運転で」

「そういうこと」



 お互い顔を見合わせて苦笑いした。


 何も言わずとも、道をはさんだ向こう側の堤防へと歩いた。

 堤防に登ると、夏の朝にぴったりの大きな入道雲と海が広がるのが見えた。

 サーファーやカモメ、そしていくつかの船が、早朝にも関わらず、勢力的に活動している。



「あ、そういえばうちのおかんから」



 思い出して、脇に置いてた紙袋から保冷バッグに入った弁当をひとつ取り出して渡す。

 3人分の弁当は重みが違うぜ。



「えっ、ありがとう。でも、2学期もいいのかな」

「いいよ。うちで馬車馬のごとく働いてくれれば」

「ば、馬車馬……」



 いちごは指を組んで空を仰いだ。



「よみがえる夏のカフェの情景……」

「トラウマになっている!?」



 案の定、忙しかったようね……。



「もー、最初はね、知実くんと夏休みも毎日会えるかもって思ってたんだよ?」

「わーそれは悪かった」

「ほんとだよー! まったく、なにしてたのかなあ?(笑)」

「ひとり旅だよ。青森のほうまでぐるーーっと」

「あははは、うそつき」



 さらっとそんな言葉を吐かれたものだから、俺の顔、たぶん引きつってんだろうな。


 まあ落ち着け。家族と野中以外、入院していたことは知らない。

 だからきっと、いちごだって適当に言っただけだろう。



「知、ちゃーん!」



 そのタイミングで、玄関から音和が飛び出してくるのが見えた。



「学校では旅なんてヘタな嘘、言わないほうがいいよ」



 隣に腰掛けていたいちごは、肩よりも少し長い髪が風で飛ばないように首元で押さえながら、少しだけ寂しそうな顔をした。



「ヘタな嘘って……」



 ムッとして言い返す。



「あっ、ごめん。でも、突っ込まれるのは本当だと思うな」



 堤防からぴょんと飛び下り後手でカバンを持つと、いちごは俺を見上げて苦笑した。



「だって肌、真っ白だよ!」



 いちごが走って音和のもとへ向かったのを見届けてから、自分の腕を見る。

 笑えるくらい白かった。


 でもあいつ、それ以上詮索してこないんだな。

 彼女が考えていることがたまによくわからない。けど、それもお互いさまってこと……か。

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