2017年 冬⑨


┛┛┛




 生徒会長に安達カケルが任命されてから毎日、貧血のような立ちくらみが続いていた。

 選挙の投票数は非公開だった。

 わかるのは、あたしが及ばなかったことのみ。


 選挙が終わってから、チュン太に関するとある噂話をよく耳にするようになった。

 みんなあたしに内緒にしているようだけど、結構筒抜けというか。耳を済ませば聞こえてくるレベルのものだった。


 粉々に砕けてしまった心を、元の形に戻す方法がわからない。

 これ以上、何も聞きたくないし知りたくない。

 修了式まであと2日。気の毒な視線からもやっと逃げられる。そう思っていたのに。



「ここにいたんだ、探したよー!」



 顔を上げると、チュン太がいつものように、人懐っこく駆け寄ってきていた。

 噴水の前で、あのときとまったく同じシチュエーションにどきりと胸が疼く。

 もしかして、あのときも、最初からそのつもりで近づいたのかしら。



「ずっと探してたんだけど、やっと見つけた」



 そうでしょうね。だって開票後から、故意に避けてたもの。



「凛々姉やつれたね……。選挙は残念だったけど、元気出して。俺は凛々姉を誇りに思ってるし、あの日話したことは全部本音だから」



 今さらそうやってごまかしたって、あたしはあんたの腹の中知ってるんだから。思うことがあるなら、目の前で言えばいいのよ。


 睨みつけていると、チュン太がもじもじと体をくねらせた。



「本当はお祝いで言いたかったんだけど……。でも仕方ないから……。聞いて欲しいことがあるんだ」



 ……。

 聞きたくない。


 チュン太がその場にしゃがみこむのがわかった。あたしと目を合わせようとしている。


 怖い。



「俺、俺……


 凛々姉のことが好きです!」





 気がつくと、驚いた顔で尻もちをついているチュン太が目の前にいた。

 思わずあたしがひっぱたいてしまったらしい。


 でもそのとき、心に溜まっていたもやが爆発したんだって、わかった。



「ふざけないでよ裏切り者! 卑怯者っ!! どれもこれも全部……あんたのせいなんでしょ!!」



 できればぶつけたくなかった。でも、もう止まらない。



「あたし、生徒会長になるために、2年間死ぬほど頑張ったの! それが全部壊れた! 卑怯者!! 最低!!」

『……どこまで、知ってるの?』



 ぞわり。背筋に冷たいものが駆け上がる。

 だって、チュン太が笑っていたから。


 いつもと雰囲気が違うのにはすぐに気づいた。その笑顔は、明らかに、悪意を感じるものだ。



『凛々姉が好きだから、一緒にいたいから、こうするしかなかったんだよ』



 目の前の人が知らない人のように見えて、言葉をなくす。

 だけど、このまま雰囲気に飲まれてはいけないと直感がした。

 口の中はカラカラだけど、もう一度目を見開いて気合いを入れた。


 あたしは、ずっとひとりでやってこれた。だから、これからも問題なくできる。そうでしょう、しっかりしなさい凛々子!!



「……もう金輪際、あたしに関わらないで。迷惑なの。大っ嫌い! 顔も見たくない……っ!」



 逃げるようにして、あたしはその場を飛び出した。






 それからまた、勉強と運動だけの日々に戻った。そうすればあいつと会うことはないのだから。


 次に言葉を交わしたのが、3年後。今年の5月。出会い頭にぶつかって、あなたが謝ったから。


 運命とは数奇なものだ。一緒に虎蛇会を運営しているし、二人で遊園地も行った。


 顔を合わせて笑うたびに、心の奥が不安になる。


 ねえチュン太。


 あたし、あんたのこと。


 もう許せているのか、自分でもよくわからないのよ。

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