8/13(木) 部田凛々子②

 楽しそうな音楽。それはまるで、どこか遠い異国にいるような、非日常な空間!

 雰囲気に洗脳された人々の群れ。誰も彼もがポジティブなオーラ!



「姉さん、僕にはなんだかここが遊園地に見えるんですが」

「そうね、遊園地だもの。来たことないの?」

「……いやあるけど、また、なぜ」

「知らないの? 誕生日はキャラがお祝いしてくれるのよ。さあ行きましょう」



 凛々姉はさくさくと先に進んでしまう。まったく強引だよな〜〜!

 目の前のゲートには「FANTASY STUDIO」と大きく書かれている。

 ファンタジースタジオ。通称ファンスタは、日本で一番有名な遊園地だ。

 こういうところって金払ったことないけど、お高いんでしょ? 凛々姉にケーキ渡すだけだと思ってたから、現金、昨日の残りくらいしか持ってないぞ。今年の夏はろくにバイトもしてないんだから……。



「チュン太!」



 チケット売り場で凛々姉が振り返っている。

 えっ、やっぱり男のおごり的な!?

 恐る恐る、窓口の上にある入園料金表に目をやる。

 ……。しばらく病院の売店、行けないな。

 でもまー仕方ないか、誕生日なんだし。

 財布を出しながら渋々と凛々姉に近づくと、顔の前にさっと、紙切れが出てきた。



「?」

「あんたのチケット」

「えっ、なんで俺の分まで?」

「父が仕事でもらってきてたのよ。使う機会なかったから1枚あげるわ」



 背中を向けたまま、凛々姉は言った。たしかに、チケットに書いてある有効期限は今年の10月末までと書いてある。



「まったく。こんなところ興味なんてないけれど、もったいないから使うの。それだけよ」



 そして、ひとりでスタスタと入場ゲートに向かって行った。



「これはついて行くので精一杯なパターンか」



 と、ひとりごちる。

 いやだって。

 入って早々にキャラクターのぬいぐるみに超抱きついているんだけど。

 あんな凛々姉、俺は知らん!



「まさか凛々姉がファンスタ好きだなんて」



 ぬいぐるみから離れたあともなお、去って行く姿をガン見している凛々姉に声をかけた。



「別に普通よ」



 あごを上げて、後ろにいる俺を肩越し細目で睨みつける。



「いやだって今、ロリス(ファンスタのメインキャラ・ウサギのラビリンに次ぐ人気を博す、リスのぬいぐるみ)に抱きついてたじゃん」


「見間違いね」


「なんで今さらすましてんの」


「それ以上言ったら投げる」


「なにを!?」


「あんたしかいないでしょう」


「人をかよ!!」



 なんでこの人はこうも高圧的でけんか腰なんだ。おかげで友だちいないのも頷ける。

 はあ。と、肩全体でため息をついていると、俺を睨みつけていたはずの凛々姉の視線は、バチッとひとつの場所に止まっていた。

 次はなんだ?

 その視線の先を追うと、おみやげの屋台があった。

 もうおみやげとか早すぎるだろ明らかに。

 いや。違う?

 凛々姉の目は小さく左右に揺れている。

 ……売り子のお姉さんの頭についている…………耳のカチューシャ?! いや、まさか、泣く子も黙る虎蛇会会長様が、いやまさか。

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