8/12(水) 月見里 蛍③

 線路と車輪がこすれる音が少し大きくなって、頭の中で反響する。

 えっと……。ちょっ、ちょっと待て? 俺、落ち着け。



「えっと、ほたるさん。それって……」

「……本気です」



 トンネルから電車が飛び出した。

 夕方なのに眩しい太陽の光を感じながら、少女からは目を離せないし言葉が見つからないしで戸惑う。



「だめぇ……?」



 甘ったるいほたるの声に、頭がくらくらする。



「ダメって……」



 たしかにこんなに慕ってくれて、可愛いし、守ってやりたいけど。でも俺は……それに、この子は……。



「……好きな人がいる、とか?」

「えっ!?」



 一瞬、ひとり女の子の顔が頭にちらつく。



「……もういい」

「!?」



 プイッとそっぽを向くほたる。

 うっ、怒らせた!? いや、俺の優柔不断のせいだよな。



「おーいほたるー」

「……」



 反応ゼロ〜〜〜。

 ちゃんと答えないとだめか、これは。



「……俺、ほたるのことは大切に思っているよ。でも、そ、それが愛情なのかって言うと、わからんのよ」



 詰まりながらも、言葉を探り出す。



「……そんなの。私だって、わかんない」



 …………は?

 えっ、ちょっと。ほ、ほたるさん?



「恋とか愛とか、よくわからないけど。手をつなぐとか、隣にいるとか。今日をなにかしがらみとか感じて遠慮するの、やだなって。そしたら、恋人になったほうがいいじゃん?」



 そう言いながらぷくっとほっぺを膨らませた。

 もしかして、病院を出てタクシーに乗るときに、手を引っこめてしまったこと気にしてたり?



「あと、小鳥遊くんなら、初めての彼氏でも、いいなって……」

「そ、それは栄光です」



 電車のアナウンスが流れる。

 あと4駅くらいか。……まだまだ長いな。


 こほん。

 咳払いをして、さらに深呼吸する。

 すーーーはーーーー。

 ふう。


 ……よし。



「いいよ。付き合おっか」



 ほたるはハッとこっちを見て、首を傾げた。



「まじ?」

「まじ。別に付き合っても付き合ってなくても、ほたるへの接し方は変わらないんだけどね」



 ほたるを愛しく思う気持ちには自信がある。神にも誓える。

 ……俺たちがこんな病気患ってるってことは、実際、神なんていないだろうけどね。



「肩書きが欲しいのなら、彼氏になりますよ。……こんな俺でよければ」

「……ん。えへへ」

「でも、ごめん。これは今日だけ。それでもいい?」

「うん。じゅーぶん」



 と、満足そうに頷く。



「小鳥遊くんって意外に、真面目?」

「あっ、当たり前だろ。俺は超純情男子高校生なんだからな!!」

「二股しても、私はいいよ? どうせ、言わなきゃわかんないし。……相手がいないか」

「うっせーよ! それに、お前にそんな失礼なことはしないっ!」



 ……かくして、今日限りではありますが。初の彼女というものが、できたということになりました。

 音和にも返事してないのに、俺ほんとドンブラコッコだよなあ……。

 いや、いかん。今日は、デートだ。ほかのことを考えるのはやめよう。とりあえずは。



「っ!」



 気を抜いていると、肩に柔らかい重みを感じて、ほたるが寄りかかってきたことに気づいた。

 そして俺は電柱のように、固まるのだった。

 ああ、不意打ちに弱いっす、相変わらず……。

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