8/12(水) 月見里 蛍②
┛┛┛
駅でタクシーを降り、切符を買うと、電車のボックス席に横並びに座った。窓側にほたる、通路側に俺だ。
「まぶしかったら変わるよ」
「ん。外、見たい……」
ほたるはそのまま、外の景色に見入っていた。
17時か。結構いい時間になってるな。
外が明るいからって、ゆっくりしすぎないようにしないと。ほたるを病室に帰すまでが遠足だし。
「仲良しね。ご兄妹かしら?」
俺たちの前に座っていたおばあさんが、ニコニコと話しかけてきた。
「お嬢ちゃん。優しいお兄ちゃんとお出かけ、いいわね」
「……」
ほたるは一瞬おばあさんのほうを見るが、ふいと、また外を向いてしまった。
「す、すみません、彼女人見知りで……」
「いいのよいいのよ。良かったらおやつにどうぞ」
と、おばあさんは巾着から小分けの小さなお菓子を取り出した。
数個受け取って頭を下げると、満足そうに笑って次の駅で降りて行った。
「お菓子もらった」
「……良かったね」
「食う?」
「そういうの、食べられない」
「まあそうだな」
相変わらず外を見ているほたるにそれ以上話しかけられず、俺はひとり、スマホを眺めて過ごした。
乗り換えた電車は夏休みの盆だというのに、車内はスカスカだった。かなり田舎まで来た証拠だ。
「ごめんなさい……」
空いてる席をゆうゆうと陣取っていると、ほたるがぼそっとつぶやいた。
「ん?」
「……さっき、おばあちゃんと喋らなくて。緊張してたの。ほんとは、昨日あんまり寝てなくて」
下を向いてもじもじとつぶやく隣の少女の表情は見えない。
なんだ、そっか。……俺だけじゃなくてよかった。
「初、デートだし……」
「ああ、そういえば俺もだな。初デート」
詩織と図書館に行ったのは勉強のためだったしね。計画たてて、遊びに行くっていうのは初めてかも。
「? お兄ちゃんって彼女……いないか」
「ちょっと、なんで断定!?」
「だって、お見舞い来てないもん」
「あっ……まあね。それに、いないしね……」
見てるな……。何気によく見てるな、この子!
「……デートだから、ね」
「デートだよ」
「うん、だから今日だけ……」
ほたるが俺の腕をぐっと引いた。お互いの顔が近づいて、どきどきと、鼓動が高鳴る。
「名前で、呼んでいい?」
「えっ……あ、うん」
今までも『お兄ちゃんと呼んでね☆』とも言ってなかったし、別にいいんだけど。
名前、ねえ……。
……っ!? 名前!!?
脳裏に浮かんだのは、いちごが初めてうちに来た日の光景。
女みたいな名前を呼ばれて嫌だけど、つっこめないあの状況が、再び……だと?!
いやまずい。そ、それはちょっと、困っ……!!
「……小鳥遊くん」
「苗字かい!!!」
「えっ」
「いや、何でもっ!」
びっくりした、さすがJC。苗字でいいのか。まあ、俺的にはありがたいんだけど。
「えへ。これで兄妹って、言われないね」
手を離してきちんと座り直しながら、ほたるはふっと笑みをこぼした。
「お……おう」
なんだか柄になく気恥ずかしさを覚える。
「本当は」
ほたるは膝の上にのせた小さなバッグをぎゅっと握って、また、下を向いた。
「妹って言われたの、嫌だった」
「あー。ずっと愛想悪かったのはいつものことだと思ってたけど、そっか……」
さっきのおばあさんの言葉に、彼女は傷ついていたらしい。
「でもそんなに俺の妹が嫌だったのか……」
「嫌だよ」
そんなハッキリ……。ちょっと傷つく。
いつもまとわりついてきて、お兄ちゃんって呼んでくれるくらいだし。てっきり、懐いてくれてると思ってたけどなあ。
染みるわあ……。
「小鳥遊くん」
ほたるのぶらぶら揺れていた脚がすっと止まった。
「の……彼女が、いいもん」
ぱっとほたるが顔を上げてこっちを見た瞬間、電車がトンネルに入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます