7/24(金) 月見里 蛍②

 部屋の前まで戻ると、廊下で小さな身体がそっと中をのぞいているところに遭遇した。



「よ」



 声をかけると慌てて振り向く。ほたるは俺の顔を見てほっとした表情を見せた。



「生きてるよ」



 生きる という言葉はここではブラックジョークと同等だ。



「……お兄ちゃん、友だちいないんだ」



 急に質問をふられて焦る。



「えっ、いるけど」

「でも、見たことない」

「それでもいるんだよ」

「ふーん」



 あ、納得してないなこの顔。



「ほたるちゃんこそどうなんだよ」



 だってこの子だって、いつも。



「いないよ」



 聞かなければよかったのに。胸が痛い。

 学校だったらさ「失礼だな!」とかそういう軽口を叩く場面なのにな。



「どうせ死ぬ。友だちはいないほうがいい」



 たんたんと語る姿を見ているといたたまれない。腰をかがめてほたるの目を見据えた。



「じゃあなんで俺を……誘ったんだ。寂しいからじゃないのか?」

「うん。ひとりは、寂しい」

「だったらなぜ、友だちを作らないの?」

「……本当に、分からないの?」



 乗り出していた身を、ゆっくりと引いた。彼女にとっては愚問のようだった。



「なあ。死ぬとか、簡単に言葉に出すなよ。……これってきれいごと?」

「……」

「でもさ、悲しいんだよ。ほたるちゃんの口からそんな言葉を聞くのが悔しい。俺にはなにもできないって思い知らされるようで」

「……きれいごとじゃない。少なくても、お兄ちゃんにならなにを言われてもいい」



 なぜか頭をなでられた。逆だろ……。



「だって同じだから」



 同じ。

 同じ痛みを持つ。

 同類。

 同じ目的地の。

 同志。


 だから彼女は俺を誘ったんだろう。



「なんでさ、そうやって君は顔色も変えないでいられるの?」



 酷い質問かもしれない。

 でも、疑問だった。

 弱いと思っていたのが間違いだった。

 彼女は強い?

 いや、これは“強い”じゃなくて……。



「つかれたから」



 諦めているんだ。



………………


…………


……



 ちょっとした院内のベンチに移動した。ガラス張りの大きな窓から、病院前の林や駐車場が見える。とても天気がいい。



「私も、頭が痛くなる」



 ほたるが脚をぶらぶらとゆらしながら語る。



「脳が少しずつ、死んでるのかな……」


「いや。きっと敵と戦ってるから痛むんだよ」


「戦って、死なない?」


「傷ついても回復するから大丈夫。人間の再生力ってさ……」


「じゃあどうして、私の病気は治らないの」


「……」



 不思議そうに頭をひねっている彼女を見て、中学生の想像力はすごいなと思った。漠然とした恐怖は、大人よりも大きいはず。



「……高いな。ここから落ちたら死んじゃうね」



 窓の外をぼーっと見ながらほたるが言う。



「人はなぜ、簡単に死ぬの?」



 それは違う。でも、俺にはまだそう言いきれなかった。

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