7/24(金) 月見里 蛍①

 学校ではまったく……とまではいかないけれど、そこまで意識することがなかった。でも、ここでは日常に「死」が隣り合わせで存在している。

 消毒液の匂いだったり、チューブや薬、泣き出す子どもの声、一日中つきっぱなしのラジオ。生気のない人の顔や、バタバタと走る看護師。

 漠然とした死の恐怖に怯えてみんな神経を削って生きている。彼女だってそうだ。



「暗い。まったく陰気な顔して、診察室にカビが生えそうなんだけど?」

「あ。すみません」



 やべ。美原さんの検診中だった。



「鬱キャラだったか、小鳥遊は」



 特に心配するようでもなく、そう言って脚を組んでいる。「あのさ」、と俺は思い切って声をかけた。



「ほたるって女の子、知ってる?」



 同じ病気だというなら、もしかしたら知っているかもしれない。



「月見里蛍? 私の患者よ」



 やっぱり。



「彼女ってその、どういう子ですか?」



 髪を肩の後ろにさっとどかしたあと、美原さんは無粋な笑みを浮かべる。



「あんたまさか、ロリコンの気があるとかじゃないでしょうね。看護婦の間でもちょっと噂になってるわよ」

「俺の病気のこと、あんたが話したんだろ?」



 ちょっとムカついて強めに言うと、にやけていた顔も元に戻った。



「ええそうね、教えたわ」

「この病院の個人情報どーなってんすかねー」



 あてつけのように言ってやる。別に本気じゃないけど。



「ひとりきりで病気と戦い不安な日々を送る中学生の少女に、仲間がいることを教えて希望を与えるのはよくなかったかしら?」

「……別にいいですけど」



 そう言われてしまうと……何も言えない。



「でもあんたの許可を取らなかったのは良くなかったわ。ごめんなさい。ただ、ずっとふさいでた彼女がよろこんでたから。許してもらえるとうれしい」

「……だからいいですって」



「ありがとう」と、苦笑して美原さんはカルテを取った。



「んで、月見里がなんだっけ?」

「入院してすぐ仲良くなったんですけど。昨日、ちゃんと話す機会があって」

「それで?」

「強い子なのかと思ってた。病気なんて感じさせない子だったから」

「そう。弱さを見てショックだったのかしら」



 こくりと頷く。前から大きなため息が聞こえてきた。



「あんたね、彼女は13歳なのよ? 弱くて当たり前じゃないの」

「それは分かるけど、なんだか、あの子は見ていて辛い」

「同情している場合じゃないんじゃない? あなたも同じ病気。忘れないで」



 ……。



「あーもう、数値下がってんじゃん……。体調に変わりはないのよね? 近々個室もなんとかするから。んじゃお大事に」



 頭を掻きむしりながら美原さんはデスクのほうを向いてしまった。

 ぽつんと残された俺はしっしっという手の振りをされて、ようやく重い腰を上げたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る