7/19(日) 小鳥遊知実④

………………


…………


……



「ふう……」



 少し離れた岸に辿り着いた俺は、重い足取りで砂を踏みしめていた。

 まったく、思っていた合宿と全然違う。もっと、こう、青春!! ていうか。アバンチュール(ぽろりもあるよ!)というか! なんで、よってたかって皆にしいたげられなきゃならんのだ。

 ……ていうか、さっきからチラチラ視界に入ってきていたけど、なんだあれ。岩場の端っこにぽつりと見える、肌色の……?



「! し、死体ーーー!?」



 ざっと後ずさりし、様子を伺うと、それが履いているピンクの海パンにどこか見覚えがあることに気づく。

 怪訝に思っていると、うつ伏せになっていたそれの顔がくるりとこっちを向いた。



「ぎゃーーーー!! ……って、なにしてんの野中」



 なぜか無言で大きな岩を抱きしめている野中を見て、一気に力が抜ける。



「野中ハ……イナイ」

「は?」

「野中ハ、母ナル海ニ返ラレタノダ」

「なんで片言なんだよ」



 どざえもん状態だった野中の腕を引き、立たせてからぎょっとした。コイツ、めちゃくちゃ顔色悪ッ!



「アレヤナー、人間ッテ、モトモト海カラ進化シテルトカイウヤン」

「凛々姉にやられて頭がおかしくなったんだな。かわいそうに」

「やられてない! 全然おかしくないっ!」



 急に反論してきた。図星だったのかよ。



「仕方ないよ、凛々姉は超人だし」

「チッ。あのアマ、陸では覚えてろよ……」

「はは……」



 海では諦めたらしい。たぶんどこでも無理だと思うけど。


 浜にはたくさんの海水浴客がいるが、岩場は危険そうだからか人がいない。ここにいればしばらくメンバーにも見つからずにゆっくりできそうだ。でもあんまり長時間離れていると、保護者気取りの凛々姉が怒り狂いそうだしな……。



「ちょっと休憩したら戻るかねえ」

「ういー」



 返事適当かよ。だけど、やっぱりこいつといると楽だな。



「なっちゃん、なんでニヤニヤしてるの!?」

「身体を手で隠すな! ちげーよ、女嫌いの野中がこうやって、女子多めの合宿に来てくれるのが、正直うれしいんだからね!」



 くそ、ツンデレようと思ったのに、これじゃただのデレじゃねーか!!



「ん? 俺別に女嫌いなわけじゃないよ。ただ学校の女が面倒くさいだけだし」



 なに!? あんなに女と話すの嫌がっていたのに、それは初耳だ。



「じゃあ今まで好きな女って、いたことあんの?」

「今もいるよ。音和」



 !? え、なんでそんなしれっとしてるの!?

 えーーーー……っと。ツッコむ……べきなやつ?



「あーっと、恋愛的な好きな人っていう意味なんだけど……?」



 自分の顔がこわばっていることを悟られないように、大げさに苦笑いしてみせる。



「ん? 音和に惚れてるけど」

「マジで!?」



 こんなに暑いのに、一瞬にして身体の産毛がぞわっと立ち上がったのが分かった。


 いや。だって。精神的に自立してなくて小っさくてアホで、常にケンカ腰の……音和、だぞ?



「うん。全然■■■■■■■ピーーーーーー■■■■ピーーー■■■■■■■■■■■■ピーーーーーーーーーーー(自主規制)だし?」

「だあ待てやめろ!! やめてください!! 聞きたくなっ、僕が悪かったです申し訳ありませんでしたあああ!!!」



 こいつまじじゃん!!



「でもあいつはお前のことが好きだろ。だからどうこうしようとかは思ってねーけど、なっ」



 ちょっと寂しげだけど、全然似合わねえ。



「そ、そっか」



 まさか、こいつが、ねえ……。



「しかしピンクのレースって。マジで自分のキャラ分かってねーと着ないよな」

「はい?」



 そういえば……と思い出す。たしかにかわいらしい水着、着てたっけ。

 正直、グラビア事件やぺったんこ事件に気を取られて、音和のことおざなりにしすぎてた。……こいつ、音和のことよく見てんだな。



「あざとい。あれは反則すぎるだろ……」

「お、おいちょっと」



 野中の様子がおかしい。



「否定しとくが、俺はロリコンじゃねーっ!」

「く、首がしまっている!!」



 いきなり首に腕を回して引き寄せられ、俺はもがいた。



「ちょっと! アナタあの子の保護者でしょ! あんなの子どもに着せないでくれるー!?」

「知るか! 水着まで関与せんわーー!!」



 いやあああ! ママ、落ちるううう!!!



「あーもお、まったく! つか喉乾いたんだけど、なんかないの?」



 絞れるだけ絞って気が済んだのか、パッと首から手が外れた。ごほごほと咳き込みながら俺は地面に手をつく。



「戻ればあるけど……つか、ごほっ。手加減しようよ」

「うるせえな。俺だって触れるんなら音和に触りたいわ」

「おいっ……!?」



 つっこもうとして、野中が目を逸らして耳まで真っ赤にしていることに気づいた。自分の冗談に照れてるっ!?



「……お前かわいいな」

「うるせえ行くぞ」



 音和のこと好きだって告白されて、結構衝撃を受けてたのに。普通にほんわかしてしまった。

 にやにやしながら立ち上がり、砂浜を歩く野中の後ろを追いかける。

 お前が親友でよかったよ、野中。

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