6/7(日) 体育祭①

「知実くん知実くん、メダルもらっちゃった!」


 女子1500mから戻ってきたいちごはうれしそうに、胸で光る小さなメダルを見せた。


「日野さん速かったね!!」

「男子より速いんじゃん……すごいね」

「えへへ。でも短距離のほうが得意なんだよー☆」


 さっそくクラスのやつらにもみくちゃにされていた。

 グラウンドでは借り物競争が始まり、音和が走っていた。札を取って顔をしかめ、きょろきょろと周りを見ている。

 仕方ない、助けてやるか。

 クラスの待機席を立ち上がって音和を手招きで呼ぶ。


「知ちゃん!!」

「お題はなんだって?」

「んーー……なんて読むの?」


 紙を奪って読む。


『深窓の令嬢』


 ……。


「誰だ! これ書いた厨二病患者は!!」


 体育祭を取り仕切っている本部席の生徒会に向かって叫んだ。


「な、なに??」

「しんそうのれいじょう って書いてる」

「ふかいまどが意味わかんない……」

「葛西先輩でも連れていけよ」


 そう伝えて俺はグラウンドから出た。

 テントのほうに小走りで向かっていく音和の後ろ姿を見送る。葛西先輩ならあいつも声をかけられるだろう。


 借り物競争に出ているほかの1年を見ると、全員、うろうろしながら困っている様子だった。かわいそうに……。


パン!


 ピストルが鳴った。

 音和と葛西先輩が笑顔でゴールテープを切っていた。



┛┛┛



 プログラムも進み、生徒会VS文化祭実行委員(仮)のリレーの出番が近づいてきた。


「七瀬行こうか」


 いちばん前に座っていた七瀬に声をかける。


「……」

「七瀬、なっちゃん呼んでるよ」

「……え? あ」


 隣の女子が呼んでくれて、やっと気づいた。


「頑張って!」

「行ってくる、ありがと☆」


 クラスメイトに手を振り、七瀬は俺の元に来た。


「どうかした?」

「……ううん。なんでもない」


 まだ係の仕事をしているいちごがグラウンドの奥に見えた。


「そうだ、あれから会長とは?」

「話してない……」


 そう言うと七瀬はうつむく。相当、気まずいのだろう。


「……それでじいちゃんのほうはどうだった?」


 昨日、作業を中止したあと七瀬は病院に行くと言った。じいちゃんの顔を見たい、と。俺も付き添いたかったけど丁重に断られて、その後の話はまだ聞いていない。


「うん。意識不明からは回復したんだって。今は目を覚ましたり、眠ったりで、昨日は眠ってた……」


 良かった。最悪はまぬがれているようだ。


「じいちゃんには元気になってもらって、また頑張ろうぜ」

「……もういいよ」

「え? どうしたんだよ。まさか、あれくらいのことで心折れたの?」

「……違うし」

「じゃあなんでだよ」

「つかさ、なっちゃんには関係ないじゃん!」


 叫ぶと、目も合わせずに七瀬はテントに走って行った。


 なんだそれ、あいつ本気で言ってんのかよ。

 イライラしながらテントに行くと、すでに会長と葛西先輩が待機していた。七瀬は会長の顔を見ずに会釈だけして、その後ろに回った。会長も七瀬を一瞥して無言で前を向く。

 うわー雰囲気最悪なんだけど。これでリレーとか無理くね。


「頑張ってくださいね! 小鳥遊くんも、芦屋さんも」


 葛西先輩がパイプ椅子から立ち上がって、激励の言葉をくれた。


「葛西先輩、体操着真っ白ですね」

「小鳥遊くんのおかげで、初めての体育祭なんです! これにも初めて、袖を通しましたから」


 無邪気にくるくると回ってみせる。


「いい! サマになってる!」

「ありがとうございます。でもみなさんのほうがお似合いですよ」


 頬に手を置き、照れていた。なんとも可愛らしい仕草であった。


 葛西先輩のおかげで、少なくとも俺はちょっと毒気が抜かれて和らいだわ。助かった。

 いちごと音和も歩いて来てるし、やっとメンバーも揃ったな。


 ……。

 なあ、どうしていちごが、音和の身体を支えるようにして歩いているんだ?


「知ちゃん!」


 テントの下まで来ると、音和がよろけながら俺の腕にしがみついた。そのひざはすりむいて痛々しく、足首は赤く腫れていた。


「え、なに……これ、お前いつやった」

「ひ……っく、う、うう……」

「大ケガじゃねーか、転んだのか!?」


 俺はおろおろと肩に手を置くことしかできないし、音和は泣いてばかりだった。


「ここに来る途中、音和ちゃん、人混みで誰かに蹴られたんだって」

「はああ!?」


 音和を心配そうに見つめながら、いちごは続けた。


「でも、誰かわからないって……。うずくまってるところを見つけて一緒に歩いて来たんだけど、こんなのってひどい……」

「とりあえず座りましょう穂積さん。救急用具もらってきますね」


 自分の席を音和に譲って、葛西先輩がテントを離れた。この腫れ方、思いっきり狙って蹴られたように見えるけど。なんで、音和がこんな目に合うんだよ……!


「どうも部田さん、リレーではよろしく」


 ふいに背後からかけられた声に俺たちは一斉に振り向いた。

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