6/6(土) 芦屋七瀬③
山に到着したとき、雨が頬に落ちた。
進行方向には小雨がしとしとと落ちているのが見える。チャリを投げ捨てて山道を走った。
そういえばこの道、歩いてのぼることのほうが少ないんじゃないだろうか。自虐的な考えに苦笑しながら、現場まで一気に駆けあがった。
七瀬がいた。
現場全体が見渡せる、崖からちょっと下がった場所に。
いつもかばんを置いてる大きな木の下で、雨に打たれながら、ビニールシートに座ってスマホを眺めていた。
ふいに七瀬は顔を上げ、スマホを胸に抱いてキョロキョロと周りを見た。
目が合った。
遠くからもよくわかった。彼女の口元が震えていた。
ゆっくりと彼女のもとに歩み寄り、ビニールシートの上にふと目を落とすと、大きな重箱が寂しげにぽつんと置かれていた。
「……もう絶対に愛想つかしたと思った」
消えそうな声で、頭を垂れた。
「…………遅くなってごめん」
なんでさ、こう、うまくいかないんだろうか。
「電話ごめんね。行かないって言われると思って、わざと取らなかった」
「いいよ。俺がすぐ来れなくて不安にさせたのが悪い」
「ううん。付き合ってくれてるのはありがたいことなのに。あたし、どこかで来てくれるのが当たり前なふうに思ってたんだろうね……」
なんでさ、こんなに健全でまじめにしているのにすれ違うんだろうか。
「……そうか」
「でも、なっちゃんが来ないって気づいてから、身体動かなくて。はは。何もしてない。雨も降ってきちゃった」
「弁当、食っていい?」
俺は七瀬の隣に腰を下ろして重箱を開けた。
容赦なく、雨は手付かずのおかずの上に降り注いだ。
慌てて七瀬が手を伸ばして重箱をひったくった。おかずの一部が土の上に落ちる。
「ダメ! もう傷んでるよ、それにこんな雨降ってるし」
「返せよ。俺、メシ食ってないんだよ」
「だからおなか壊すって!」
「壊さないから」
重箱を引き寄せる。
「お前いいやつだな。俺は大丈夫だから。むしろ食わないと倒れる」
七瀬の目から涙があふれた。
「バカ……。優しくしなくていいのにっ」
重箱を奪還して、おかずを口に運ぶ。
もう七瀬はなにも言わない。
下を向いたまま、雨の中でただ泣いていた。
食い終わるころになって、雨がまた少し強まってきた。空気が冷える。もう雨はやまないだろう。
七瀬に自分の上着をかぶせて、ひとりで現場に向かった。
ポケットに入れた麻の袋を覗く。
くさびや寛永通宝、ギラギラした粒子が混ざった石、小さな化石っぽい石……。
……ガラクタしか出てこないんですけど……。
それでも、ため息をついている場合じゃない。さっさと、その10数センチの化石を探し出さなければ。
後ろで音がして振り向くと、七瀬がこっちに歩いてきていた。
「俺に任せて座ってろよ」
「ううん、あたしが手伝ってもらってる身だし、できれば自分で見つけたいから」
「そか」
七瀬が新しい軍手を投げてよこす。
「サンキュー」
俺は自分の軍手を捨て、新しいものを手にはめた。
パリッとしていて気持ちよかった。
二人で作業を再開した。雨で上から流れてくる土砂と一緒に、土をかき出していく。
「なあ」
「うん」
「どうして会長に話さなかったんだ? おじいちゃんのこと言えば、会長もわかってくれるんじゃ」
「ん……」
七瀬は手を止めた。
「だって会長、まじめだからきっと…………」
「きっと?」
続きを待つが、七瀬の視線は上方へと上がって行く。
「なっちゃん、あれ、模様だよ……ね?」
「え?」
見上げると、いつのまにか岩のヒビが大きくなっていて、ヒビの間からぽろぽろと石が落ちてきていた。
「走れ!!!」
「えっ」
走り出してすぐ、ザラザラと土砂が落ちてくる音が大きくなった。それから時間を置かずに大きな地響きへと変わった。雨だというのに砂埃が舞い上がる。
「きゃああああ!!!」
七瀬の腕を引き、立ち入り禁止のロープを飛び越えて振り返る。
街中のテレビで砂嵐の映像を流したような異様な音に恐怖を覚える。
「い、いや……やめて! やめてえええええええ!!!!」
泣き叫ぶ七瀬が飛び出さないように、しっかりと押さえつけながら崖が崩れるのを見ていた。
俺たちが作業した形跡は一瞬でリセットされてしまった。
無情だった。
俺と七瀬が一体なにをしたって言うんだ。
もう探し物は見つからない。
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