5/20(水) 葛西詩織①

 翌日の放課後。

 おどおどして立ちすくむ日野の背中を軽く押すと、困った顔で俺を見上げた。


「行け」

「で、でもあたしそんな……」

「仕事を紹介した交換条件だ。お前にはこっちでもしっかり働いてもらう」


 まるでイケナイ店に売り飛ばそうとする男と女のような情景(?)だが、いかがわしいことはまったくないのであしからず。

 俺が許す気がないことを悟りしょんぼりと肩を落としていた日野は、意を決して目の前のドアを開けた。


「失礼しますっ! にゅ、入会希望ですっ!」


 虎蛇にいたのは会長と葛西先輩の二人だけだったが、突然の来客に驚いていた。


「勧誘しました、会長!」

「そ、その子! こないだの」

「わわわ、わたくし、日野苺と申します。その節は大変失礼いたしましたっ! お詫びに、学校行事運営のお手伝いをさせてください!!」


 日野はものすごい勢いで頭を下げた。


「とりあえず立ち話もなんですから、お茶でもどうですか? どうぞおかけください、日野さん」


 葛西先輩が柔軟に対応する中、会長は口を開けて固まっていた。


「だ、だめでしたか……?」


 すすめられた席に座りつつ、日野は会長を伺う。会長は錆び付いたロボットのように首をゆっくりと俺のほうにまわした。


「チュン太……」

「彼女、うちのクラスの転入生! やるときはやる子だから大丈夫☆」


 もうここまできたら、勢いで押すしかない!

 わなわなと震えていた会長だったが諦めたのか、急にいつもの顔つきに戻った。


「まあ、チュン太がそう言うなら信じるよ」


 おお。さすが信頼の小鳥遊ブランド。


「はじめまして。あたしは会長の部田凛々子。よろしく」


 すらりと長い手を差し出して、会長は微笑んだ。


「ようこそ、虎蛇会へ!」



┛┛┛



 日野はバイト優先で、虎蛇のヘルプ要員ということで納得してもらった。

 会長から虎蛇の簡単な説明がされたあとは、葛西先輩がいれてくれたお茶を飲んでまったりした。


「詩織も身体が強くないから。体力仕事はあたしたちでやらないとね」

「おお、このお茶うまい。なあ、日野!」


 腕組みしてこちらを睨む会長の視線に気づかないふりをして、俺は葛西先輩に話しかける。


「こんなお茶、虎蛇で一度も飲んだことなかったんですけどどーしたんですか?」


 葛西先輩は雑誌をめくる手をとめて困った表情を見せた。


「あ……。うちからお持ちしましたが。余計でしたか?」

「いえいえ逆! ありがたいけど、無理矢理入らされたのにそんな気をつかわなくていいのに!」


 会長を横目で盗み見る。顔を真っ赤にして怒っていた。


「ありがとうございます。でも好きだからいいんですよ」

「そ、そうですか。ではお言葉に甘えまーす」


 汗が噴き出してきたので一気にお茶を飲み干した。

 葛西先輩が立ち上がって、お茶を継ぎ足してくれる。


「葛西先輩はなぜ虎蛇会に入られたんですか?」


 日野が尋ねると、葛西先輩はちらりと会長を見た。


「わたし……本を読むことが好きなんです」


 そういえば最初に会ったときも本を読んでいたっけ。今読んでいるのはどうやらファッション雑誌のようだけど。


「ジャンル問わず活字が大好きで。放課後は毎日、図書室にいたんですよ」

「わかる! いそうですね!」


 日野、相槌おかしい。


「あの日も図書室にいると部田さんが入ってきて、本を読んでいたわたしに『虎蛇会の書記になりませんか?』って誘ってくださったんです」

「なるほど。やはり拉致だったんですね。お気の毒に」

「チュン太はそんっっっなに、あたしに固め技をかけられたいのかしらね?」

「会長の人選のセンスというか、目利きスゲっスよね! いやさっすがだな~!」


 会長のキレ具合を見て、日野の笑顔が引きつっていた。ちょっとイジりすぎたな、俺も死にたくないし自重しよう……。


「……続けても?」


 葛西先輩はそんなこと気にも留めませんわよとばかりに笑顔だった。この人……できるッ!?


「本当に……いい人材ですね……」


 俺がぼそりとつぶやくのも無視して先輩は続ける。


「でもわたしは毎年、体育祭、文化祭は必ず休んでおりましたので、委員会があることすら知りませんでした。そういえばみなさん、学校の倉庫舎をご存知ですか?」


 校舎の隣には巨大な倉庫がある。

 そこは街の古い資料や貴重な書物、図書室に置けなかった本やさまざまな専門書が収められている書庫と聞いたことがある。

 ぜんぜん興味がないからよくは知らないけど。


「街の貴重な本がたくさん詰め込まれた建物なんですけど、鍵がかかって入れなくて。でも虎蛇会に入ると、学校中どこでも鍵を使えるって伺ったので」


 葛西先輩の目がらんらんと輝く。


「まさか、先輩……」


 恐る恐る口を開いた日野に、葛西先輩はコクリと頷いた。


「図書室の興味がある本はすべて読んじゃって、ちょうど退屈していたところだったんですよね」


 やばいこの人。格が違う……。

 お茶を静かにすすっていた会長が言う。


「図書室にいたから、書記よ」


 なんだその単純な発想は! つか会長、それって買収ですよね!



 って、あれ。

 突然、頭の中でキーンと高音が響いた。


「――っ」


 謎の頭痛にあぶら汗が落ちそうになる。異変を悟られないように、深呼吸をした。

 落ち着け、大丈夫、落ち着け。


「今度、図書室案内してもらえないですか? あたしまだ、学校施設がよくわからなくて」

「いいですよ」


 日野と葛西先輩の声が遠くに聞こえる。

 あーまたかよ。ちくしょー。


「チュン太どした。顔色悪いけど」


 しまった、会長が気づいた。


「そ、うかな?」

「いや、真っ青なんだけど!」

「……いつもの偏頭痛。ちょっとしたら落ち着くから」


 日野も心配そうにこっちを見ている。くそ、哀れまれるのが一番面倒くさい。


 そんな中、葛西先輩だけが冷ややかな目をしているのが見えた。

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