第3話 勇者の伝説 2
城へ戻ると、ルイティは真っ先に護衛騎士であるクロードにゴブリン退治と村娘救出の件を話した。
10歳年上の彼は、幼少期よりルイティの支えとなってきた最も信頼の置ける存在であった。
クロードはこの件についてもルイティに賛同し、宮廷騎士団の団長に直接掛け合ってくれることとなった。
ちなみにルイティの側近として、もう1人護衛騎士がいる。
――まあ、そいつには言う必要もないか、と思っていたら、そんな時に限って姿を現した。
「あれ?王子様。どうしたんすか。そんな怖い顔して」
この目尻の垂れ下がったチャラチャラした男こそ、ギリア王国より昨年から派遣されているヤナギラだった。
監視役なのだろうが、あからさまに護衛騎士としての仕事を放棄して遊び回っているような奴だ。
クロードの場合は、ルイティの姉オリヴィア王女も護衛しているためルイティの側に常にいるわけではないのだが、ヤナギラに至っては普段何をしているのかも不明だった。
「ルイティ殿下。ゴブリン退治の件ですが、小さな村1つのために宮廷の騎士団を出すことは出来ないと…」
そこへタイミングが良いのか悪いのか、クロードが戻ってきて先程の件の報告をした。
「なんだと。村の大きさなど関係ないだろう。自国の民の危機だぞ。ここで我々が動かなくてどうするんだ」
「私もそう申し上げましたが『国中の問題にいちいち対応していられない。それは領主の仕事だ』と。なんとか説得を試みたのですが、聞く耳持たずといった感じでして」
「何なに。王子様たちゴブリン退治に行くんすか?」
王子の護衛であるはずのヤナギラが、他人事のようにのんきなことを言っている。
「そうだ。準備をしろ。こうなったら仕方がない。僕とクロードとお前の3人で行くぞ」
王子に死なれてはヤナギラの立場がないということは分かっている。
案の定嫌がっていたが、いないよりはマシだと思って強引に引き入れてやった。
ゴブリンに関しての知識なら、ルイティも書物で読んである程度は分かっている。
決行は明朝。
ラキの屋敷へ遣いをやって詳細を知らせ、クロードとヤナギラにはそれぞれ必要な物の準備をさせた。
翌朝、日が昇る頃、ルイティはいつもの丘で弓の稽古をしながらカインにあれからのことを話した。
「ゴブリンの巣は洞窟にあるそうだから、弓は役に立たないだろうけどね」
「でも持っていっとけよ。絶対役に立つぜ」
カインにそう言い切られると、本当にそうだと思えてしまうから不思議だ。
剣の腕にはあまり自信がないということもあり、弓も持っていくことにした。
「俺も行くぜ。中には入らないが、外回りは任せとけ。それに、昨日上を飛んでて気付いたことがあるんだ」
「分かった。頼むよ」
それから城に戻ってすぐ鎧に身を包んだルイティは、2人の護衛騎士と共にゴブリンの巣である洞窟の前に立っている。
洞窟は切り立った大きな岩山の
愛馬は他の馬たちと同様に、洞窟の前にある雑木林に繋いでおくことにした。
カインのことは、本人の希望どおり他の者には伝えていない。
ラキは村娘たちを連れて帰るための馬車と御者を用意しており、昨日見回りをしていた木こりのアイクと、従騎士だという19歳の少年ヨタを連れていた。
ヤナギラが20歳だからヨタとはそう変わらないはずだが、ヨタの方がずっと幼く見える。
「作戦は今話したとおりだ。行くぞ」
ルイティが勇ましく皆に声を掛ける。
彼にとっては、これが初陣だった。
「ヤナギラ。お前が先頭に行け」
「えー。俺っすか?」
「殿下を先に行かせる気か」
「それならクロードでも」
「いいから行け」
中に入るとすぐに後ろへ隠れようとしたヤナギラに気付き、ルイティとクロードで彼を先頭に押し出した。
ぶつぶつと面倒くさそうに文句を言いながら歩きはじめたが、意外と怖がっているわけではないようだった。
後方を歩いているヨタの方がガチガチと震えて怖がっているのが傍目にも分かる。
彼にとっても、これが初陣なのである。
ラキは想定していたよりも最悪な事態になったと、内心笑っていた。
もう笑うしかない心境といった方がいいかもしれない。
宮廷騎士団が使えないのが分かれば諦めるかとも思ったが、まさか本当に王子様自らがのこのことやってくるとは。
護衛騎士たちにしたって、主君に何かあれば責任問題だろうに。
いや、責任どころか、自分だって生きて帰れるかどうか分からないのだ。
――15年前、ラキはこの洞窟でゴブリン殲滅の任務にあたっていた。
部隊の人数は約30人。
それも精鋭隊だ。
そうして今生きているのは自分1人だけ。
命辛々火を放って殲滅したはずだったのに、またこうしてゴブリン共は現れた。
それを今回は6人でするのだ。
自分はもうこの世には未練などない。
アイクももう若くはないし家族もいないが、ヨタには悪いことをしたと思った。
騎士としての才能が可哀想なくらいないことを、もっと早くに告げて諦めさせてやればよかった。
いざとなったら王子よりも弟子を逃すつもりで、ラキは彼の前を歩いた。
洞窟の中は暗いが、明るく照らし過ぎると却って標的になってしまう恐れがあるため、灯りは小さなランタンだけにしている。
その暗がりの中で何かが動いたと思ったと同時に、ヤナギラが素早い剣さばきで真っ二つにそれを斬り殺した。
ゴブリンだ。
こちらに気付く間もなかっただろう。
「仲間呼ばれたらヤバいっすからねー」
そう言って、その後も何かの気配を感じてはヤナギラが斬り捨てていった。
クロードやラキの目にも、彼がこの場にいる誰よりも強いというのははっきりと分かった。
しかも、余力を残して手を抜いている。
洞窟内が狭くなってきたと気付いてからは、彼はそれまでの長剣を短剣へと持ち替えていた。
15年前のあの時、あれほど燃え上がったというのに、中の造りはあまり変わっていないようだ。
ラキはここから急にゴブリンの数が増えてくることを予測して、皆にもそう伝えた。
この先に何があるのか知っている。
かつて捕われた妹がいた場所だ。
そして共に戦った女騎士である恋人が嬲り殺された場所でもある。
ラキは、自分も最愛の彼女らと同じ場所で死ぬ覚悟をした。
一歩足を踏み出した時、一気に空気が変わるのを感じた。
「クロード!火を大きくしろ」
先頭を行くヤナギラの声で、用意していた松明にランタンの火を移し辺りを見ると、十数匹のゴブリンが両の壁側に潜んでこちらを見ているのが分かった。
「殿下はこれを持っていてください」
クロードは松明をルイティに渡すと、ヤナギラに倣って短剣を構えた。
後方でも同じくラキとヨタが短剣を、そしてアイクが斧を持って身構える。
ルイティも剣を携帯しており、クロードから少し習ってはいるが、決して強いとは言えない。
王子に力を与えたくないギリア王国の謀略により、正式に剣の稽古をするのは難しい状況にあるのであった。
飛びかかってくるゴブリンを躱すこともなく、ヤナギラとクロードが刺し殺す。
短剣では真っ二つというわけにはいかないため、確実に急所を狙っての攻撃だった。
前へ進むほどにゴブリンの数も増えていき、前衛の2人だけでは捌ききれずに、そのうち後ろの3人もそれぞれの武器を振るうようになっていった。
この中ではアイクの斧が最も有効なようで、ヨタは懸命に短剣を使うが致命傷を与えられず、ラキの助けを必要としている有り様だった。
そして段々と、鼻に付くような生臭い空気が濃厚になってきた。
前方に、おそらく何かの部屋へ繋がる入口と思われる横穴があった。
縦長で人ひとり通れる程度の大きさだ。
「多分、あの中に娘たちがいるはずです」
ラキがそう言い、ルイティが確かめるために中を照らそうとすると、ヤナギラが前に立ち塞がってそれを止めた。
「俺、夜目が利くんすよ。まず俺が中に入って確認するんで、王子様はそこで待っててください。んで、合図したら領主さんたち来てくれませんかね」
いつの間にかヤナギラが指示を出す側になっていたが、それについて不満を言う者はなかった。
明らかに彼は戦いに慣れている。
おそらく人ならざるモノとの戦いにも。
ヤナギラが横穴へ入ると、ルイティは持参していた火薬の袋を取り出して、中身をその辺りに撒いた。
村娘を連れ出した後、ゴブリンが追って来られないよう火矢を放って爆破させるのだ。
ルイティにはこれくらいのことしか出来ないが、これは絶対に欠かせないことであった。
ヤナギラの入った部屋の中で、戦いの始まった音がする。
多くのゴブリンの声と、壁にぶつかるような鈍い音。
「斧のおっさん!来てくれ」
アイクが呼ばれて中へ入ると、さらに音が活発になった。
それから血に
武器の斧をヤナギラに奪われてはいたけれど、代わりに捕われていた全裸の村娘を抱えている。
続いてラキとヨタも中へ入り、それぞれヤナギラが作ってくれる隙を狙って娘を1人ずつ抱え出てきた。
取り敢えず運び出せたのは3人。
同じように全裸で、意識が混濁している状態だった。
ラキたちは用意しておいた布で娘たちを包んでそのまま抱え、急いで出口へと向かった。
ルイティはゴブリンについて読んだ書物での知識としては知っていたが、現実に目にした村娘の姿に愕然としていた。
繁殖期にゴブリンが人間の娘を攫う理由は1つだ。
彼らには、子を孕み産む能力がない。
だから人の胎を借りて子孫を残すのだ。
かつてのラキの妹のように、短い期間で受精と出産を死ぬまで繰り返し続けられる。
ヤナギラという男は実際にそれを目の当たりにしたことがあって、王子に部屋の中を見せなかったのかもしれない――とラキは思った。
ラキたち3人は一度馬車へ戻り村娘を寝かせると、御者に任せてまた洞窟内へ戻った。
ルイティ王子の体格ではまだ鎧を着たまま大人の女性を抱えて走ることは無理だろうし、護衛騎士の2人を欠いてはゴブリンを抑えることは出来ない。
だから自分たち3人が運ぶしかないのだ。
それにしても、ここまであまりにも順調すぎるなと、ラキには得体の知れない不安があった。
確かにあのヤナギラは、ラキの知る中では最も腕の立つ騎士だ。
それにゴブリンも、昔ほどの規模ではないのかもしれない。
だが、数多くの戦線を潜り抜けてきたラキには、このまま終わるとは到底思えなかった。
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